神殿岸2

2と言っても実質1.5みたいなもの

世界樹と悪魔城とライブアライブで、とらドラVS禁書…なんじゃそりゃ?

数年くらい前からだろうか。悪魔城ドラキュラ 神淵の追想曲』という名前がときどき聞かれるようになった。
なんでも「成田良悟が書いた悪魔城の小説が存在し、蒼月の十字架の続きらしい」とかなんとか。

それが載ってるのがこの本だ。

『電撃文庫MAGAZINE 2008年11月号増刊 とらドラ! VS 禁書目録』

 

昨年、駿河屋で入手した。
名前が広まってきてるせいか高値で売っているサイトもあるが、駿河屋に入荷したものは、それほどは、値段はついていなかった。でも定価よりは高かった。
通販サイトによって「増刊」が省略されていたりして書名が安定していないのだが、とにかくとらドラ! VS 禁書目録である。
だが中身は書名と異なり、とらドラ禁書目録のみではなく、関係ないものも掲載されている普通の増刊号である。比率としてはとらドラと禁書のふたつで全体の2割ちょっとか。この2作の作者対談は載ってるが、合作が載ってるとかでもない。

残りの大半のページがとらドラでも禁書でもない中に、それは唐突に掲載されている。


電撃文庫の作家が、愛する名作ゲームをノベライズ」という特集。
収録作は以下の3作。

藤原 祐世界樹の迷宮II 諸王の聖杯中合わせの雪と早春」

成田良悟悪魔城ドラキュラ 神淵の追想曲」

入間人間LIVE A LIVE SF編『機心』 ワレ オモウ ユエニ ワレ アリ―」

掲載作はこの3つ。悪魔城だけではない、かなり珍しいものが載っている。いずれも特別企画のようで、本書以外のどんな文献にも再録されていない。


でも、この表紙とタイトルで、悪魔城の小説が載ってるとか普通思わないでしょう?

表紙ではドラキュラどころか成田良悟の名前すら省略されて「ほか」に押し込められているが、この本の小説で一番ページ数多いのは悪魔城だ。成田先生一人で30ページ以上も書いてるのに表紙に載ってないのは、ギリギリまで掲載されない可能性でもあったんだろうか?

さて、3作のうち悪魔城とライブアライブはときどき話題になっているが、世界樹についてはレビューがほぼない。私は悪魔城もわかるが、世界樹もわかるほうなので、これは言及しておきたい。
ただし断りを入れなければならないが、ライブアライブに関してはあまり詳しくない。これを読むためにSF編だけプレイした状態であることを記しておく。

世界樹の迷宮IIの小説。
キャラメイクのある原作に沿って、オリジナルキャラが中心の物語。主人公はドクトルマグス(金髪)のミレイユ。彼女と先輩ブシドー(ブシ子)のイズクとの衝突、そして成長を描く。
タイトルからゲームのどの時期のエピソードかも判明するのが上手いね。
でも本作は原作知識がいらないよう配慮されている。原作の地形、技、登場人物や、世界樹1の話題まで出てくるが、知らなくても読めると思われる。
逆にこれを読んだ後で原作をやっても大きな問題はない。というか、やってほしいという意識が強く感じられる。
ちなみに、著者の藤原先生はブログにあとがきを掲載していた。アトラスの具体的な協力も書いてある。

さて世界樹IIは2008年作品だし、まだついてこれる読者は多い気がする。だが本作はそれだけでなく、タイトルからわかる通りベニー松山「小説ウィザードリィ 隣り合わせの灰と青春」をリスペクトした内容になっている。
ウィザードリィの知識いるの!?
いや、読むのにそこまでの知識は必要ない。でも、タイトルだけじゃなく内容もおそらく「隣り合わせの灰と青春」をリスペクトしているので、これは事実として書いておきたい。
「隣り合わせの灰と青春」は、集英社スーパーファンタジー文庫版(98年)のあとがきにも書いてあるが、ゲームのノベライズがほとんどなかった時期に表現を模索して「レベル」のようなゲームの都合による概念をそのまま作中に持ち込み、ファンタジー世界のものとして解釈しなおしてストーリーに組み込むという手法を使っていた。
「背中合わせの雪と早春」もただタイトルを真似てるわけではない。本作に「レベル」という言葉が出てくるわけではないが、ゲームで起きていることに理屈をつけて説明するという、ベニー松山がかつて使った手法を再現しているのだ。それをウィザードリィの影響下にありながら、全く違うゲームシステムの世界樹の迷宮で。
たぶんそうだと思う。

そしてこの小説世界樹II、もう一つ重大な話がある。
どうも扉絵が日向悠二の描きおろしらしい


どう見ても日向さんの絵だし、本文と登場人物も一致しており、本作を読んだうえで描き下ろしたことは明らかだ。既に出ていた1と2の設定資料集にも未掲載の絵だ。
当時の著者のブログにも描きおろしである旨が書いてあるので間違いない。
しかしなぜかこのイラスト、誰が描いたか本誌には無記名。
この企画の趣旨からして、メーカーには監修と、既存イラストの使用申請などはしてるのだろうが、そこに公式デザイナーから無記名で投下されること、それ自体おかしくないか?

悪魔城もライブアライブもイラストは再録のみで、さすがに描きおろしイラストは載ってない(再録絵についても記名がない)。なぜか世界樹だけこの企画のために描きおろしている。
アトラスは何か裏技を使ったのでは…

 

蒼月の十字架」の一年後、2037年の1月に起きた事件を描く。悪魔城ファンの多い海外サイトでもよく言及されており、知名度の高い作品。
ちなみに「神淵」にルビが振られていない。普通に考えたら「しんえんのついそうきょく」だが、海外サイトだと「読み方がわからん」と注記したうえで「Kabuchi no Tsuisoukyoku(かぶちのついそうきょく)」と暫定表記していることが多い。ちゃんと読み方を調べると岐阜県の「神淵(かぶち)」という地名が出てきちゃうんですね…


イラストは「暁月の円舞曲」より小島文美の絵の再録だが、c表記は1986と2005(蒼月の発売年)になってる。そもそも本作、どの悪魔城の小説化という扱いなのだろう。
こちらのブログによると2008年8月ごろの電撃の缶詰(電撃文庫の新刊に挟まってた冊子)に初報が載っていたというのだが、そこでは「キャッスルヴァニア(PS2)」の小説化とされていたという?ちょっと確認しようがない話だが…
当時の公式サイトを探したところ、PS2とは書いてないが確かにタイトルが「キャッスルヴァニア」になってたことがわかった。「キャッスルヴァニア 暁月の円舞曲」の意で仮タイトルでもつけていたのだろうか?


さらに扉絵にはなぜか「Xクロニクル」のストーリー(「血の輪廻」と微妙に違う)が添えられている。これじゃ蒼真くんが復活したドラキュラ伯爵みたいではないか。
登場人物もユリウスとヨーコとハマーが紹介されているが、「魔王の力を求める宗教団体の動きを探っている」という前年の状況の説明になっており、本文に微妙にあっていない。
全体的に編集者が悪魔城をよくわかっておらず、混乱が起きているのでは…
暁月から蒼月はキャッスルヴァニアから悪魔城ドラキュラに戻ってわかりにくい時期だったし、マメに追ってる人じゃないと混乱するのは仕方ないよな。

蒼月より未来である本作、悪魔城史上で最も未来の作品と考えられており、多くの予備知識が要求される。
本作の理解には「暁月の円舞曲」「蒼月の十字架」だけでなく、「悪魔城伝説」と「月下の夜想曲」の知識が必須なのだが、これを読むような人なら当然ご存知でしょう?という感じに自然に繰り出してきている。「背中合わせの雪と早春」とは異なるスタンスで書かれていることがわかる。
しかし、編集すらわかってなさそうなのに、この本の読者に悪魔城伝説の知識をどれほど期待してるというのだ。Wii悪魔城伝説VC版はこの翌年配信(携帯電話版ならあった)だし、暁月だって2003年作品だ。2008年当時既に入手する機会は減ってたと思うぞ。
さらに小ネタだが執筆時最新作の「ギャラリーオブラビリンス」の魔法名もいち早く使用されている。ギャビリンスはデス様が大活躍する作品なので、本作に登場する死神の行動にも影響を与えていると思われる。
そう、死神が出る。ドラキュラの側近にして、とことん強いかと思ったら作品によってはすごく弱い、威厳ある雰囲気の中に適当さを持った男デス様。当然、彼も重要人物待遇だ。
と、いろんな登場人物が原作から出る中でメインのキャラクターは本作オリジナルのハンター、カーティス・ラングとミシェル・ダナスティ。グラントの子孫らしいミシェルは異常な身軽さを持つが、まだベルモンドに比べれば人間味のある性能の彼女が中心にいる。これで一応原作知識なしでもついていける内容になっているんじゃないかな…?
そうか…?

以下内容の簡単なネタバレ↓

なんか生きてたオルロックが、グラハムの信者と日食を利用して勝手なことをしてたのでキレたデス様が邪魔をする」という話である。
うん、やっぱり原作知らないと厳しい気がする。
ちなみに蒼真くんは活躍しないがセリフはあり、ハマーは大活躍してかなりの戦闘力があることを見せつける。

本作、原作の直接の続編であり、設定面で攻めた内容なのだが、監修はプロデューサーのIGAが行ったようで、公式レベルが高い作品だと考えられている。特にハマーの描写については熱い監修が入ったようだ。数年後の対談でこのときの監修について振り返っている。
IGAプロデューサー×成田良悟先生がDSの名作ゲーム『マックスウェル』を語る!!(3ページ目)
なぜIGAはそんなにハマーのことが好きなのか。

 

入間人間LIVE A LIVE SF編『機心』 ワレ オモウ ユエニ ワレ アリ―」

ライブアライブのSF編を、主人公のキューブと別視点で描く。


誌上でタイトルが「機心」のほうになってるが、これは小説のタイトルではなく、ゲームのSF編自体のサブタイトルのはずだ。
だから小説のサブタイトルは扉ページに書かれている「ワレ オモウ ユエニ ワレ アリ」のほうとしているサイトが多いようだ。ここでもそのようにしておく。
イラストはSF編の田村由美のものはなく、旧スクウェアによるキャラクター絵が3点掲載。扉絵はタイトルのみの宇宙空間!


いや、おそらくこれが普通だろう。小学館経由で参加した田村由美の絵の掲載にはハードルがあった可能性が高い。そのうえで、ちゃんと当時の絵を載せているし、スクエニがケチということはないのだ。
本作掲載当時、原作はバーチャルコンソールなどの復刻はされておらず、2015年の復刻時にされた際にも権利的なハードルを頑張って越えたことを伺わせている。それをSF編のみとはいえよく掲載できたと褒めなきゃならないのである。
というかもっとアピールしなきゃおかしいだろ。これが載ってるのはすごいことなんだ。

内容は詳しく書きにくい。
いや主人公の名前と立場は2ページくらい読むとすぐわかるので書いてもいいだろうが、「ベヒーモス」が主人公である。ゲームでは不明点もあった彼の行動を非常に丁寧に追っている。
それだけではない、本作にはゲームを実際にプレイしていないとわからない仕掛けがされている。これまた、「背中合わせの雪と早春」と違うスタンスだ。
単独で読んでも「ゲームでこういうことがあったのかな?」くらいの感情を抱くかもしれないが、ゲームのノベライズとしてもかなり珍しいタイプのものかと思う。
また本作はこの主人公の掘り下げが主であり、原作知らない人が読む必要はあまりないようにも思う。原作を知っていて、SF編に何か感じたものがある人ならば読む価値はあるだろう。
ただ、そういう掘り下げは別として、原作プレイヤー向けの仕掛けの部分が強すぎて、原作を知っていてもそこが納得いくか人を選ぶ内容ともなっている。挑戦的な作品だ。
この小説の原作に使われているのはSF編の内容だけだと思うが、それとは別にライブアライブ全体に流れる空気みたいなものは使われている気もする。ライブアライブを最後までやってない私がコメントするのも何だが。

さて、以上の3本が収録されている本書をどう扱うか。

3作とも原作ファンが読める環境にいるなら、読む価値はあると思う、いずれも作品愛を感じる、なかなか楽しめる内容だった。だが現状で入手困難な本を手に入れてどうしても読む必要があるかというと、そこまでは言えない気もしている。
特に「神淵の追想曲」の話をすると、これはシリーズの最も未来を描いた特別なエピソードではあるが、シリーズの理解に必要とはいえない。これを知らなくても悪魔城の話はできる。
IGAが内容を監修したから何かあるというわけでない。貴重なハマーの掘り下げがあるといえど、ねえ。
同じくIGAが監修していたコミカライズに入手困難な「闇の呪印」や、閲覧する手段も残っていない悪魔城ドラキュラ ラメント オブ イノセンス(携帯サイトで配信されていたPS2キャッスルヴァニアのコミカライズ)など、もっと厳しいものが複数あるのが現状だ。
その中でまだ手に入る読み切り一本である「神淵の追想曲」だけ特別扱いはできんだろうとは思うわけである。読めるなら読んでおきたい一本ではあるのだが。
発行当時であれば迷わず買って読めと言いきれたが…私は暁月も蒼月もギャビリンスも世界樹IIも全部発売直後に買ってるので結構周辺状況も見てたつもりなんだが、本書の存在はかなり最近まで聞いたこともなかった。
世界樹についてはアトラス公式が告知してたっぽい形跡は見つけたので、もうちょっと気を付けてれば知ってた可能性はあったかな…

復刻の可能性はどうだろう。これらは再録されない前提で単発の読み切りとして書かれているものの、内容的には本書にしか掲載できないということはないように見える、たぶん。もう12年も前の本ではあるし、復刻するには改めてメーカー側に監修などを依頼する必要があるだろうが、各作品やってできないことはないように思う。
しかし問題はいずれも短編であるため、再録しようにもまとめる機会があるのか?ということにある。

また、これ以外の作品については?

調べた限り、この増刊号には2021年現在単行本未収録作が他にも掲載されているようだ。

電撃大王とのコラボレーション短編のひとつ、渡瀬草一郎「空のウタカタ」(イラスト:高野真之)は、どうやらその後単行本化などもされていない、完全に本書っきりの短編だ。

他に五十嵐雄策乃木坂春香の秘密 浴衣でみっかみか♥」中村恵里加ソウル・アンダーテイカー 馬鹿と猫と天井のクラスメイト」上遠野浩平「竹泡対談」谷川流学校を出よう! The Destructive Element」が調べた限り単行本未収録。

声優や作者のインタビューなども掲載されているし、コミックも調べきれなかったが再録されてないかもしれない…
こんな感じで雑誌に一度載ったきりの未収録作があるというのも、おそらく珍しいことではない。
やっぱりこういうのは、読みたいものが一本でもある人は古書を手に入れるしかない、という結論になっていくか。