神殿岸2

2と言っても実質1.5みたいなもの

Gレコと∀ガンダムの時系列、 そしてガンマン・マグネット

はじめに

本記事の目的は、公式な設定が何かを求めることではない。「富野由悠季は何を考えているか」を探ることである。

過去から現在まで、富野の発言に公式設定としての効力はなかった。それは問題の∀ガンダムはGレコより前」という発言についてもである。
だが富野監督はそれが公式設定かどうかは別として、自分で考えた設定をアニメに実際に反映していく人なので、その脳内設定こそが公式設定を超える真実としての価値がある。それを見定める意味は大きい。

しかしながら、富野が何を考えているかは結局は富野本人に聞いて答え合わせをしなければわからない。私は富野監督とお話しする機会がありませんので、発言や著書から真意を探ることしかできない。

また真意を見抜くことに成功したところで、これはどこまで行っても公式設定ではないのだ。本記事はそういう記事です。

前の記事について

Gレコと∀ガンダムの時系列問題については、本ブログでは以前も別の記事でも書いたが、発言から数年間のうちに追加された情報が抜け落ちていることは追記した通りである。
その情報は前提を覆すほど大きいものであるため、以前の記事は追記で修正するわけにはいかなくなってしまった。
本記事は以前の記事と内容が重複する箇所があるが、前の記事をもう読まないでいいものとするための措置でありご了承ください。以前の記事も消していませんが、もうリンクは張りません。

「アニメを作ることを舐めてはいけない」

「夜のG-レコ研究会 〜富野由悠季編〜」(2015年8月27日)で、富野は「∀ガンダムはGレコの500年前」と発言。
それから時は流れ、2022年8月、ついに劇場版Gのレコンギスタ5部作も完結した。
だが映画にリギルド・センチュリーの歴史についての重要な変更はない。なかったはず。

あれから追加された公式サイドの情報はひとつだけあった。EXVS2の新機体Gルシファー
『ガンダム EXVS.2』ラライヤ&ノレドが乗るG-ルシファー参戦。1500コストでEXバースト時に月光蝶が発動 - 電撃オンライン (2019年06月24日)

確認しておくが、TV版のGルシファー月光蝶があるという設定は、なかった。
作中で使った月光蝶っぽいものは、設定の存在しない「月光蝶っぽい何か」であったのだが、こうしてゲームで正式に月光蝶ということになった
昔と違ってゲームには十分な監修がされているはずで、ゲーム会社の独断ということはなく公式にも月光蝶になったと考えられる。あるいは、これ以降に出版された設定書には明記してあるかもだ。知らんけど。
明らかに富野の発言を受けての新設定だろう。研究会の発言は生きているものと考える。

だが重要なのはこっちではなくて。
映画と並行して、富野から新たな情報が投入された。

富野由悠季『アニメを作ることを舐めてはいけない -「G-レコ」で考えた事-』KADOKAWA 2021年3月)
第II部公開直後に発刊された富野監督の新刊。
コンテ作業はVまで完了していたようだが、III以降の内容はまだ直す余地があったのかな?みたいな記述がちらほらあるという時期に書かれた本だ。

本書は富野の過去のエッセイ『だから僕は…』『∀の癒し』と性質が異なり、『Gレコ』1作品のみに特化したものとなっている。
宇宙開発や環境問題、固有名詞の元ネタなどのエッセイ的な内容もかなり含むのだが、あくまで内容はタイトル通りGレコ制作中に考えたことのみに絞られている。
だが最大の特徴は監督がGレコ用に考えた設定が大量に書かれていることだ。

特に重要なのが、2本の初期企画書を本書用に若干加筆したものが丸ごと掲載されていることで、そこにGレコの前史である宇宙世紀の全てが書かれている。
その膨大な情報の中で特に重要なのは、以下の一点だ。

リギルド・センチュリーの前史として語られる「宇宙世紀」とは、過去に『機動戦士ガンダム』シリーズで描写された宇宙世紀ではない。

こうである。
これはVガンダム以降の語られてこなかった歴史の話ではなく、西暦時代、宇宙開発史の段階から違う
この宇宙世紀には地球連邦やガンダムジオン公国はあったのだが、宇宙戦争が始まる経緯は違うし、ミノフスキー粒子の関わる物理法則も違う。全て作り直されているのだ。
単純には過去のガンダムとパラレルということでいい。

正確に言えば、初期企画書の一部は先立って展覧会「富野由悠季の世界」(2019年6月~2022年1月)で公開されており、そこでかなり概要は判明していたのだが、本書がGレコ裏設定集としては完全版となっている。
(一部の内容は本書になく、展覧会でしか公開されていない)

そして本書を読んだ雑感として、富野がよく言っていた「脱ガンダム」「Gレコはガンダムじゃない」の意味は、どうもここにあるようなのだ。
つまりGレコはガンダムじゃないというのはそのままの意味、機動戦士ガンダム』と歴史がつながってないという、非常に単純なことだったのではないかという…

∀ガンダム』との前後関係

一方、∀ガンダムとの前後関係については問題のGレコ研究会の発言から今も大きな進展はない。
ここで富野は「∀ガンダムはGレコの500年前」だと、かなり明確に発言したのだが、その後これを補強する情報は2022年時点、ほぼない状況。研究会のレポートも公式には残っていない。
また映画版にあたり、公式設定が書き変わるということもなかった。
ただし2015年以前の一部公式級の資料に「∀はさらに未来である」と書いてあったのについては、今は書かれないようになった、と思う。「∀は過去である」と設定として明記しているものは、現在はないはず。

大きな進展はないのだが、少しはあった。『舐めてはいけない』にもちゃんと書かれてはいないのだが、∀について想定している箇所が少なくとも2箇所はあります。

アタックA」節『Gのレコンキスタ』企画骨子【社外秘】
2010年3月ごろに提出されたらしい、初期企画書の三稿目だという。この《付則》【リアルな地球歴】節にGレコの年代設定が記されているが、

>地球スケールの億年単位と西暦から宇宙世紀リギルド・センチュリーまでを総合しても、一万年も経ていないからである。(∀ターンエーの世紀をふくんでも)

とある。リギルド・センチュリーはターンエーの世紀より後であることが、本書発刊時点でもはっきり想定されていることがわかる。
ただし、どうやらこの初期企画書は本書の執筆時に注釈を書き足されている箇所があるとのことで、>(∀ターンエーの世紀をふくんでも)の部分は本書で加筆した可能性がある。企画書の提出時からちゃんと考えられていたかは、微妙。
そしてこれも後で詳しく述べるが、∀の世紀は現在から1万年も経っていない未来なのだ。

アタックC」→「大陸ごとの政治的分布」節
各大陸の状況の中で、アメリアやゴンドワンが軍事技術を高めた背景として前世紀の技術を「黒歴史から発掘したりもして」とある。
思うにこれは作中にも出てきたズゴックやジェムズガンのようなものであろうが、地球人の使う技術の全てが宇宙からもたらされたヘルメス文書でできているわけではないのだ。これを黒歴史と呼び、∀ガンダムと同じように発掘が行われていたという背景が、少なくとも監督の中ではあったことがわかる。

※なお、私は本書を電子版で参照しているためページ数の正確な引用ができません。

で、これではっきりしたが、2015年の夜のG-レコ研究会から6年経った2021年の時点でも、富野監督はターンエーのほうが前だという想定を変えていなかったことがわかる。

前後関係は成立していない

だが…既に前提としてGレコは機動戦士ガンダムの続きではなかったのだ。機動戦士ガンダム』がなければ『∀ガンダム』も成立しない
∀ガンダム』で語られる前世紀「宇宙世紀」には未来世紀、アフターコロニー、アフターウォー、あるいはコズミック・イラなども全てひっくるめられている想定なのだが、Gレコはそうしたガンダムワールドに、そもそも属していなかった。
Gレコの語る宇宙世紀には、Gガンダムどころか機動戦士ガンダムすら入っていない。

パラレルという前提をもとに研究会の発言をあらためて解釈するなら、Gレコの過去、リギルド・センチュリー500年頃に『∀ガンダム』のような出来事はあったのだと考えられる。
その頃は衰退した文明が19世紀程度には回復していて、各地の領主が統治しているアメリアがあった。モビルスーツの発掘などは始まっているが、大統領制になって宇宙艦隊を建造できるようになるにはここから500年は文明を発達させる必要があった。
500年前の技術レベルは、宇宙も地球も『∀ガンダム』と近い程度であったのだろう。
そういう時代であっただろうが、そのありようはアニメ『∀ガンダム』と明らかに異なる。
500年前にもキャピタル・タワーは当然既にあったし、エネルギー源のバッテリーが供給されているし、トワサンガが支配しつつも人が住んでいないという月面に、アニメのようなムーンレィスもたぶんいない。
1000年前に月光蝶による文明の埋葬・破壊は行われたかもしれないが、すべてが黒歴史となることはなく、南米では地道な文明の再生が行われていた。

ここまでわかれば「Gレコは『∀ガンダム』の未来である」と、公式な設定で明記することはできないこともわかる。というか、富野個人の見解としても通常の流れでは明言しないものだろう。なんとなくリギルド版『∀ガンダム』がある可能性は見えてきたが、それはアニメ『∀ガンダム』とは違う何かであり、話がつながっていたとは言えない。
研究会でこの設定が出たのは、参加者からの質問に答えざるを得ない、特殊な流れだった。

そしてこれは『∀ガンダム』の未来に『Gのレコンギスタ』は起こりえないということでもある。『∀ガンダム』後の世界にもキャピタル・タワーが存在することはなく、クンタラがいた歴史もおそらくない。地球環境の置かれた状況すら違うのだ。

ただし、過去に設定された原則に従うならば、後から発生したコズミック・イラ黒歴史の一つとして吸収されたように、リギルド・センチュリーおよび「Gレコ版宇宙世紀」も黒歴史に含むと解釈することはできなくもない。
できなくもないが、この原則を考えた原作者がそう考えてないのは明らかで、そう解釈してもしょうがない。
∀ガンダムで考えられているのは何度も宇宙文明が発達して衰退したことまでであり、西暦にまで戻って似たような宇宙世紀が再生されるというストーリーは、おそらく想定できていない。
それにGレコの世界は、どうやら西暦で3000~4000年くらいなのだ。

ソフト・ランディング

こうして前提が崩れていたことが明らかになったが、これは富野が自分で説明してくれたからわかったものだ。
視聴者からすれば、アニメから得られる情報のみで本作で描写されている「宇宙世紀」が、もとの宇宙世紀と異なることを認識するのは、かなり難しかった。

細かく見ると幾つかの違和感はあった。目立つのが原典と違いギアナ高地にあるジャブローらしい跡地。あそこでズゴックの残骸を見せたことは、原典と少々違う歴史、地形であることを示唆する。
月の裏側のトワサンガは明らかにジオン公国であり(トワサンガ軍の登場シーンではファーストの映像をわざとらしく踏襲している)、しかしその中核たるシラノ5はオリジナルのジオンにはなかった小惑星
トワサンガの存在は一年戦争後にジオンが存在感を失った歴史を踏襲しておらず、他のサイドを差し置いて唯一の宇宙国家として残存している、っぽく見える。

難しいのが宇宙エレベーターの建設時期で、キャピタル・タワー宇宙世紀から存在したものだとされていたが、オリジナルの宇宙世紀に、あんなものを建造するタイミングがあったか?
と疑問を持っても、そういうものはV以降に作ったのだろうで説明がついてしまう。
ささいな違和感があっても、説明のつかないものはないようにも見えた。

初期企画書でもガンダムとの重大な違いとして記述しているのだが、実はシラノ5は宇宙世紀初期からあった小惑星ルナツーのつもりで描写されている。
ルナツー機動戦士ガンダムでは地球連邦の基地であり、同じような小惑星は複数存在していたが、企画書の語るGレコ宇宙世紀ではもっと重要なものになっている。ルナツーのもとになった「小惑星2182NAY4」を火星付近から月軌道上に運ぶことが人類全体にとっての一大事業であったこと。そしてジオンの独立宣言の理由も、その真意はルナツーの領有権の主張にこそあるのだという。
Gレコのルナツーは人類史上での重要な惑星であり、しかも最初のほうからジオン側にあったっぽいのだ。でもそんな深い背景はアニメを見てもわからない。

宇宙エレベータの建造時期については、2010年3月の初期企画書では6基のエレベーターにより宇宙移民が行われたこと、そのうち4基が宇宙戦争の中で破壊されたことが初期企画書に書かれているが、これは劇中では曖昧にされたとあり、どうも最終的に不採用になったようだ。
その後、富野が宇宙エレベータについて考えを改めた影響で、一年半後の企画書では宇宙移民はロケットで行われた旨が書かれている。
エレベータは宇宙世紀初期に建造が始まっていたが戦争のために中断され、戦争後に再建されてリギルド・センチュリーの始まりとなる、というのが最終的にアニメ用に監督が採用した設定のようだ。
だが、アニメではその採用版の歴史も詳しく描写してはいない。アニメで曖昧なことは、富野にとっても確定事項ではない。
上記の通りアタックB節にはこの一年半後版、決定稿に近い企画書が掲載されているのだが、すぐ後のページに「シナリオは前記の設定をもとに執筆をしたのだから、新たな設定変更は発生しているし、ぼくの悪い癖で、コンテを切っていくあいだにも、シナリオの変更をくわえていったので、ディテールの変更はいくらでもある。」とあり、本書では採用している設定も実際は採用されていない可能性がある
富野アニメが大量の裏設定を作る理由がよくわかる。これは自然にそうなる作り方をしてるだけで、裏設定が裏設定かどうかはわからないのだ。

ともかく裏設定の一部は少し漏れ出るように作中で描写されているものもあるが、全体としては明確にパラレルだとわからないようになっていた。
なっていたと思う。
監督の想定では宇宙世紀初期からパラレルだから、昔のガンダムの歴史と比べて違和感があるのが当たり前なのだが、視聴者が考えれば、その違和感もぼんやり説明できそうにも見えるため、流されていった。
思うにこれは当初の企画書が「ソフトランディング」を意図していたせいではないだろうか。
富野展でも展示されていた部分だが、2010年3月の企画書は宇宙エレベーターが宇宙移民時代から存在するという前提の採用にあたって、歴史が従来のガンダム・ワールドと違っていることをはっきり書いているのだが、「ソフト・ランディングさせたいと意図した。」とのことである。「現実の世界でも、歴史の書き直し、歴史の捏造はされてきたのだから、フィクションの世界でも許される変更であると信じる。」「再演、繰り返しの面白さもあると同時に、考え直しの面白さもあろう。」とかなんとか書いてある。
つまりはGレコは意識的に歴史改変していたのだけど、リメイク的な意図もある変更であり、違和感もなくあまり気にならず楽しめる形で、ということではないかと受け取るのだが、この結果としてGレコがガンダム・ワールドではないことが見えにくくなっているのではないだろうか。
つまり本作のソフト・ランディングは必要以上に成功してしまっており、宇宙世紀ガンダムと矛盾のない続きだと思わせてしまったのだ。
関係者でさえもそう思ってたんだから…

黒歴史の差異

∀とのつながりを考える上で重要な問題として、Gレコの前の「宇宙世紀」には、明らかに『Gガンダム』が含まれない。『機動戦士ガンダム』以外の歴史も全て含まれていないと考えられる。

∀ガンダム』においては、過去の未来世紀、アフターコロニー、アフターウォー、そしてコズミック・イラといった複数の宇宙時代をひっくるめて「宇宙世紀」呼ばわりするのだが、リギルド・センチュリー前史の宇宙世紀には、リギルド前史の宇宙世紀以外の時代は含まれない。
5千年後とも1万年後とも言われる∀の世紀と違い、リギルド・センチュリーは2千年後くらいで(詳しくは後述)、単純にあれらを含めるだけの時間的余裕がない。
地球環境の変化度から見て、文明のリセット、複数の宇宙文明の隆盛が起きるほどの時間は経過していないし、そして宇宙に日本列島を浮かべる未来世紀レベルの技術が存在したとは考えられないし、∀ガンダムと違って宇宙世紀以外の文明も黒歴史として残されていない。
残っているのはファーストガンダムに似た歴史らしき最初の宇宙世紀にあったものだけだ。埋葬されなかったズゴックの遺跡がいまだ風化もせず残されている程度の時間しか経過していない。ジオンらしいものも宇宙世紀から存続している(テレビ版では2千年とか言ってたが劇場版では削られてたはず)。
宇宙世紀の文明は衰退し人類は激減したが、この世界から文明そのものが失われたことは一度もなく、宇宙世紀以外の宇宙移民史は一度も発生していない。
リギルド版『∀ガンダム』があるとすれば、その前史には宇宙世紀しかない世界だ。

また別方面の情報として、地球環境には不可逆的な変化が起きていることを富野は示している。
2010年3月の企画書の想定では、地球全体は熱帯化し、90メートルの海面上昇も起きて大陸の面積は3割ほど減っているというのだ。
∀ガンダムでは、そのようになっていなかったし、他のガンダムもそうだ。

これはGレコの枠に留まらない、重要な提起といえる。
100年後くらいのイメージの宇宙世紀ならまだしも、数百年単位で先のガンダム地球温暖化を回避したか悪化したか程度は考えて未来を想像しなければならなかった。だが明らかにそれをやってきたことがないのだ、ガンダムシリーズは。
ここで宇宙世紀でもないのにオーストラリアに穴が開いてる世界地図などを映せば、さらに質感は下がっていくだろう。
Gレコだけは地球温暖化が進んでしまった世界を描いており、地球温暖化が進んでいないガンダムとはおそらく話がつながらないことになる。つなげる気で作られてもいないから当然だが。

だが…これはGレコも舞台が南米、現代でも熱帯地域であるため、温暖化は画面から伝わりにくくなっている。ほぼわからない。
それに90メートルというのは初期企画書の数値であり、参考文献と比較しても上がりすぎだという感じもする(実際に映像でも、海面上昇を示しているシーンがあるようなのだが、そこまで上がってもいないようだ)。
日本の風景では現代とだいぶ違うことが示されているのだが…熱帯なのかどうかわかんねえ。
ということでよくわからん。うかつに世界地図を映すようなことはしなかったというだけだ。

後述の静岡会場のトークや最近のインタビュー、本書の記述などからも、Gレコの想定は西暦で3000~4000年代らしい。∀の世紀への言及から10000年程度までは伸ばせるつもりなのかもしれないが、温暖化が進んでいて、だからといって致命的なところまで進みすぎてもいない世界。
富野は地球環境について参考文献としてピーター・D・ウォード『地球生命は自滅するのか?』(青土社)をあげており、そこに書かれていた2000年後の温暖化の比較的悪いシナリオをベースにしているようだ。
そして、これより時間が経つと植生も変化してきて「木がなく草原だけの景観」になるとも富野は書いていて、そこまで未来は採用しなかったことも書いている。
その舞台設定では、映像にしたときにパッとしないしょうからね…

なお富野は本書でさらに先、10億年後の世界についても書いているが、これも同じ参考文献に記述がある。要するに目先の数千年で問題となる人間活動による温暖化ではなく、5億年後くらいから太陽活動に起因する温暖化が進み、10億年後には地球の海が蒸発する。50億年後に太陽が燃え尽きるよりも遥かに前に地球の最後は訪れるのだ。
おそらくビーナス・グロゥブはそんな時代を想定して巨大なフォトンバッテリーを建造しているわけである。
それが来るより遥かに前に破綻しそうではあるが、やれるだけのことはやらなきゃならないということに…

Gセルフ∀ガンダムの強さ

歴史がつながっていない上で、やはり関連を見出せる話題もあって、∀ガンダムの性能だ。

アニメの∀ガンダム宇宙世紀を終わらせた最強モビルスーツであり、作中でも他の発掘品とは段違いの性能を見せた。
なんだけど、アニメの描写で比べるだけでも、G-セルフよりは、たぶん強くなかった気がする。

レイハントンがG-セルフを開発した経緯は不明点も多いのだが、使われている技術は宇宙世紀末期から大幅に進化してはいないだろう。
宇宙世紀末期の文明をある程度維持してきたトワサンガビーナス・グロゥブに比べ、G-セルフはそれらより数段強力な装備を所持しているが、これはビーナス・グロゥブも過去の技術の解析が足りておらず、結果がどうなるかよくわかってないけど作っているという状況にあるためだ。月光蝶すらもGルシファーの装備として復元されているが、その機能が何であるかは映像でもよくわからないし、ジット団もこんなものがついていることすら知らない可能性が高い。
対する「YG-111」G-セルフはタブー破りの極みであり、ジット団のものと違い何をやってるか自覚して開発されている感じがする。でも基本的には宇宙世紀末期の技術を逸脱したものではないだろう。

アニメの∀ガンダムと描写を比較し、バリアを出したりレーザーを出したりするG-セルフのほうが無法で強い印象であるが、どちらも宇宙世紀末期程度のものだ。
Gレコと∀をパラレルでなく同列で、Gレコのほうが後だと考えても、どちらかが一方的に勝つほどの差をつけて描写してはいないだろうと考える。

つまり…たとえば月光蝶木星まで届くって、そりゃ嘘でしょうということになる。
そう書いてある媒体では真実なのかもしれないが、アニメ版の∀ガンダムがそこまで強いつもりで描写されていると私には思えない…
∀ガンダムは地球文明を滅ぼすくらいの力はあったかもしれないが、1機の∀が短時間で地球を埋めるほど元気だったとは別に言ってないでしょう?
劇場版でフォトントルピードの威力がせいぜいカシーバ・ミコシを消す程度と定められ、それで十分に途方もないのだが、せいぜい数キロ圏内の規模だ。
月光蝶とて、一度の出撃でせいぜい国家ひとつ潰すくらいではないのか。何ヵ月もかければ地球だって滅ぼせるだろうが、遠く月や太陽系まで滅ぼすにはもっと途方もない時間がかかるだろう。
これは今思い出してみても、そのくらいだったと思う。

リギルド・センチュリーに存在しない技術

もちろん、ここにも世界観の断絶はあり、Gセルフにはナノマシンでの再生機能がなく、∀のような謎のエネルギー源がない。これは前史からの技術の問題で、リギルド・センチュリーにはナノスキンほど都合のいい技術がそもそもないと思われる。
やはり500年前には∀ガンダムは存在しなかった、または存在したとしても違う∀ガンダムだったのだろう。

∀ガンダムの動力源はよくわからんのだが、正暦という時代はリギルドと対照的に、エネルギー問題はほとんど存在しないらしい。
例として発電芝という設定があり、19世紀のように見える世界だがその辺の芝から電気エネルギーを取っているというのだ。
…この設定、劇中で描写はしてるようなのだが、セリフでの説明はないはず。設定として資料に書かれてるのかどうかも私は知らないのだが、富野監督はこの設定を忘れているわけではなく覚えていた。「富野由悠季の世界」ブルーレイに収録されている「富野由悠季×藤津亮太 静岡に語る in サンライズ」という2020年の対談で、この設定に言及している。

もしこんなものがあれば、エネルギー問題を抱え続けているリギルド・センチュリーの前提は覆ってしまうので、存在しないはずだ。
この設定を覚えていたことから、Gレコの歴史と技術的にパラレルであることには自覚的と思われる。

過去シリーズと違う技術

リギルドの技術の中で明確な描写を避けているのが宇宙線の人体への影響で、劇中で描写されていない宇宙線防護の超技術を富野は複数考えているのだが、深く考えることは放棄した旨を述べている。だから全体としてはちゃんと描写されてない。
全く描写されていないわけでもなく、宇宙線の影響を検査している描写はある。

この宇宙線防護に関する超技術の一つが、またミノフスキー粒子だ。企画書によるとミノフスキー粒子の静止立体プラズマは放射線を遮蔽するとの研究があり、「初期型のミノフスキー粒子の発振は、一定空域の宇宙線を歪曲させることができて、」コロニー建設に貢献したとされる。
このへんは過去の宇宙世紀には存在しない設定だった。

もう一つが「ガンマン・マグネット」と呼ばれる物質だ。
これは「ガンマプラズマ磁力」を金属組成に封じ込めたものであり、これもまた宇宙線を防護する。これが後に「ガンダリウム」になり、地球連邦軍モビルスーツガンダム」に使われたという。
つまりGレコ世界の「ガンダム」はガンダリウムが先にあってつけられたネーミング。
宇宙世紀の通説では、ガンダムに使われていたルナチタニウムを、アクシズがガンダリウムに改名したということになっており、順序が逆転している。
そしてガンマン・マグネットは宇宙線防護技術であるとともに、Gレコ作中に出てくる物質の超圧縮技術にも使われているという。すなわち宇宙生活の基礎となる物質なのだ。
これは金属の構造体であると同時に、どう見ても単なる合金などではない。だからだろう、本書では「ガンダリウム合金」とは表記されていない。

ちなみにもうひとつのプラズマ技術がIフィールドで、「高熱の重金属粒子を高速で発射して溶接機としてつかうメガ粒子銃」に「Iフィードル(誤字)」という「活性化プラズマ界」が関わり、「メガ粒子銃は、Iフィールドと連動させることで高熱の重金属粒子を発射するメガ粒子砲になり、ビーム・ライフルやビーム・サーベルにも変形した。」。これも企画書に書いてある。溶接機がビームと同じものってのはアニメでもやってましたね。
どうやらIフィールドについて過去の宇宙世紀の設定を(ネットなどで?)参照したように見えるが、完全一致でもない、なんか微妙に変わってる。宇宙世紀の設定ではIフィールド自体が諸説あって何なのかよくわからん謎に対して、本書ではプラズマという答えを出しているのだが、何のプラズマなのか、関わる技術が3種類も出てきた。
全てミノフスキー粒子なのだろうか?

TV版公式サイトミノフスキー粒子」の記述に、ミノフスキー粒子はビーム兵器に使われている旨書いてあるが、過去の宇宙世紀の設定と違い、富野の想定しているビームはミノフスキー粒子ではない(富野の小説では、昔から重金属粒子としてきた。またGレコのプラモシリーズの説明書も重金属粒子としている)。
「I・フィールド」もミノフスキー粒子だとここに書いてある。
そうであれば、「ミノフスキー粒子はビーム兵器に使われている(ビーム自体はミノフスキー粒子ではない)」と取れるので公式サイトの記述でも矛盾しないのだが、ただ公式サイトの情報量は全体的に富野の脳内設定を反映しているように見えないし、おそらく富野はチェックしておるまい。

ともかく、富野の設定にはプラズマは3種類ある。ミノフスキー粒子のプラズマと、ガンマプラズマと、Iフィールドのプラズマだ。
Iフィールドはビームを制御する技術で、過去の設定通りミノフスキーとのつながりは感じられるが、明記はしてない。
ミノフスキー粒子のプラズマもガンマプラズマも宇宙線を防護する機能を持つので、同じものとも受け取れる。
全部同じものなんだろうか。
よくわからん!

だいたいこれらは作中の描写の背景として考えられているだけで、公式設定として出力できるほど厳密に書かれてはいないようだ。
特に「材料工学や経済問題」については富野自身が「単語が“らしければいい”という感覚でならべてあるだけ」とはっきり書いており、そのベースにあるミノフスキー粒子も含めて大して丁寧に考えていないことがわかる。
またミノフスキー粒子が実在していると思っていた人と会って衝撃を受けたことも書いており、本書の技術設定には「ウソですよ!」と添え書きされている。

そういう適当さはあるのだが、それを言うと過去の設定資料にも丁寧に考えたとは思えないミノフス関連設定は多々あり、本書のSF設定はあれらに比べれば遥かに真面目に考えられていると言わざるを得ない。だいたい機動戦士ガンダムを取り巻くSFらしいものは「らしいもの」でしかなく、昔からずっといい加減ではなかったか。
ただ本書のものは、公式な設定となる手順を踏んでいないという違いはある。だから公式サイトにも書かれていない。
そして監督の都合で自由自在に変更も可能であるため、突然月光蝶があることにできたりもする。
監督自身が設定を担当しているからそういうことができたのだが、これは正式な資料に反映するのが難しいということでもある。資料作ってる最中にも違う設定になってアニメに出てくるかもしれない。
もちろん、Gレコが完結した今であれば、これ以上描写が変化する可能性は低い。本書から設定に反映されていく可能性はあるが、それはもう富野が関知するところではないのだ。

本書の意義

いまさらだが、Gレコには考証担当のようなクレジットがされていない。
本書を見ても明らかなように、かなりの設定は富野が考えたと思われるが、メカデザイナーが考えた設定はもちろん、美術監督の岡田有章がデザイン段階でさまざまなアイデアを出してくれたことも書いてある。
また、途中まで関わっていたらしい、トワサンガクンタラの名を考えたという岡田摩里についての記述もある。
富野ひとりで全てを作ったわけではない。それが本書を読むとよくわかる。
しかし、最終決定権を持ち、取捨選択していったのも富野監督なのだ。

『アニメを作ることを舐めてはいけない』、本書に書かれた設定はスタッフに広く共有されたものではなく、「監督の脳内設定が出力されたもの」と見るべきだ。
実のところ、その脳内設定こそが最も価値がある資料なのだが、現状でも公式資料としての価値は無である
言い方を変えるなら「内部から出てきた怪文書と言ってもいい。正しい怪文書と違い、書き手が誰であるかは保証できるのだが、性質としてはそう呼んで差し支えないものだろう。
「Gレコの宇宙世紀は実は宇宙世紀ではない」という内部告発が出てきたら、そりゃ富野の名前がついてても怪文書になるでしょうが!

非公式でもアニメ制作時に監督が考えてた設定なら限りなく真実でしょ?と言いたいが、それが記憶されていた設定かどうかも断言できない。なにしろ本書にはロザリオ・テンの名前を既にアニメに出してたことを忘れてるような記述があるのだ(アタックE節に、TV版のコンテにその名が書いてなかったとあるので、見逃しでなければコンテより後に付け足したのを忘れてるのかもしれない)。
これは設定を作りこんでおきながら全部は出さないしどんどん変えていく富野方式の明らかな弱点で、どこまで出力した設定かは忘れてしまうのだ。たぶん富野じゃなくても同じやり方をしてる人はこれに引っかかってると思う。

こんなんだから仮に新しいムックが出たとしても堂々と「Gレコの宇宙世紀宇宙世紀ではない」と書かれるかは怪しいし、実は本書を読んでもそれすら曖昧なままで終わっている。パラレルだと言い切るにもソフトランディングはしている。
ガンマン・マグネットなどの諸設定も、映像に採用されてるのかどうかわからん。
我々にできるのは、たぶんそういう設定があるんだろうと思いながら映像を見てみることなのだが、別にそれをしなくてもGレコを見るのに支障はないわけで。ガンダムとつながってるかどうかも、そんなに重要ではなかった気もする。
歴史のつながりではなく、世界の描き方が違うということだけわかればいいのだから。

本書の意義は「このくらいのことを考えなければオリジナルアニメなど作れない」という実例を示すことのほうであって、その怪文書性は問題ではない。
どのような経緯でGレコが制作されたのか知る資料としての価値も、当然大きい。

しかしながら、富野の考えた設定を、どうやらメカデザイナーあたりは知らなかったのは事実であり、これは問題だとは思うのだが…
プロデューサーは提出された企画書を共有しなかったのだろうか?

いや、これ個人的な感想で憶測なんですが、明確にパラレルだと書いてある企画書を、Pが見過ごしていたというのは、ちょっと信じがたいんですよね。
これ最初からプロデューサーの手に届いていなかったんじゃあないか…?
まさか…

宇宙世紀への影響

本書は設定部分に限って読んでも非常に考えられていて面白いのだが、だがこのままでは非公式怪文書として埋もれていくだけだ。何か使い道はないものだろうか。

いや、実は2022年時点で既にあったのだ。この怪文書を採用できる例外というのものが。
本書を元ネタとして、原典側の宇宙世紀の設定として採用してしまう方法だ。

上で書いた「ガンマン・マグネット」なる物質は本書が初出であろうとは確信していたのだが、反応している人がいるかは気になったので検索はしてみた。

現状ではガンマンとマグネットの組み合わせにより超人強度の高い結果が得られるのだが、ガンダムで言及しているこちらのツイートが最上位に見つかりました。
F90FFである
『機動戦士ガンダムF90FF』。MSA-0120を闇から掘り起こし、ボッシュ大尉の丁寧すぎる回収で騒然となり、現在もさまざまな新設定をフォーミュラ史に混入させ続けている怪作。
ガンダムエース2022年7月号431ページ。単行本7巻26話。

かなりサラッと流してるのだが本当に書いてあった。なんだそのオモシロ起源説は?
いちおう調べたがガンマン・マグネットが過去に存在した設定である証拠は見つけられなかった。
明らかに『アニメを作ることを舐めてはいけない』の記述を反映している。よく見ると誤字ってガングリウムになってるけど。

ルナチタニウムにはルナツーで取れるレアメタルが使われてるという設定は過去にあるらしい(出典と信憑性は知らん。総解説ガンダム辞典1.5には書いてなかった)
だがそれが「ガンマン・マグネット」であるとすると、富野の設定を採用しているようで、かなり複雑なことが起きる。
既に述べた通り、富野の語るガンマン・マグネットは通常の金属物質ではない。これは金属にガンマプラズマなる超技術を加えたものであり、富野の記述からは天然に産出するレアメタルと解釈はできない。「舐めてはいけない」にはルナツーレアメタルの話も書いてあるが、それがガンマン・マグネットに使われているかも明確には書いてない。
F90FFの語る、ルナツーで取れる「ガンマン・マグネット」は富野が語る物質とは違うはずなのだ。
「マグネット」の意味がよくわからないが、磁性を持ったレアメタルなのであろうか。

…ただ、よく考えてみると「超物質が自然界から産出するわけがない」という設定はガンダム・ワールドにはない。
ファンタジーに振り切れていないGレコ界には、ないと思うが。
こっちの宇宙世紀にも「ガンマプラズマを内包した物質が天然自然から発生しない」という設定はあるわけでなく、今からそうだったことにできないわけではない。
どうせミノフスキー粒子を使ったファンタジー技術は正史側にもあるのだ。空気の玉と水の玉も存在することにできるかもしれない。このぐらいのファンタジーがなければ宇宙移民などできるものかよと、正規の宇宙世紀側でも言っちゃいけない理由はないのだ。
そういう可能性は残しとこうか…

F90FFは途中から小太刀右京氏が「シナリオ協力」として合流しており、それを境に設定の掘り下げ方が明らかに変わった。
対し、シナリオのイノノブヨシ氏(ダムエー公式サイトではイイノブヨシと誤字ってる)は単行本の表紙ではちゃんと参加してるのだが、現在の本誌掲載分では「ストーリー原案」に変更されている。
どうも原作者は何らかの事情で降板状態であり、小太刀先生は協力という名義だが結構な割合で関与しているのだろうと察するのである。
そんで、小太刀先生の合流後は富野の小説設定もかなり使われるようになっているが、それ富野に許可を取ってるかは知らん。
富野小説の設定を(たぶん勝手に)使うのは昔からよくやられてることではあり、また逆に富野も他者の設定の拾い上げはやってるようだし、怪文書からの採用も今更問題になることはあるまいが。

ガンマン・マグネットについても無許可でやっているだろうと断言はしないが、少なくとも富野の案とは違う物質として使われているように見えるし、ちゃんと責任持ってやっとんのだろうか…
まあこっちで心配しても仕方ないか。