本記事は「私がどれだけわかってないか」を確認するためのものです。
間違いは書かないように気をつけてますが、わからん部分は正直にわからんと書いています。
1994年11月、セガサターン発売。12月、プレイステーション発売。いわゆる次世代機の登場。
任天堂と関係が強いと思われていたスクウェアのプレイステーション参入が伝えられたのは1996年(のはず)
第一作は8月発売の『トバルNo.1』。
なぜスクウェアはNINTENDO64に参入しなかったのか。理由は1つではないと思うが、最も重要と考えられるのは任天堂の新ハードがCD-ROMではなかったことだ。
既にスクウェアのゲーム開発には大容量が必要だった。もちろん任天堂自身は64のROM容量で多くの名作を完成させたが、スクウェアは耐えられなかった。64のROM容量はSFCより格段に大きいのだが、まだCDのレベルにはまったく届いていなかった(64DDでも足りない)。それに表現力が上がったことで容量も余計に必要になる。
97年。スクウェアは、ファイナルファンタジー7を発売する。本作はCD3枚組の大作となっている。1枚ではない。
SFCはなんとか持ちこたえていたスクウェアだが、FF7はCDでも既に足りなかった。
CD-ROMを採用した世界初のゲーム機であるPCエンジンのCD-ROM2が発売したのは1988年の12月。その容量は当時主流だったファミコンカセットの数百倍はあった。当時のゲームでこの容量を使い切れるようなものではなく、ゲームによってはCD音源の音声に多くの容量が使われた。
しかしそれから6年経って、ゲーム機の性能も上がっていた。特にプレイステーションのような次世代機には動画再生機能があり、これがかなりの容量を使う。(PCエンジンも末期にhuビデオ?という動画圧縮技術があったらしい。メガCDも動画を使うゲームはディスク2枚組のものがあったという)
ここまで考えて書いたのが去年の雑記。
FF7を作るにはポリゴンが使えるだけでは足りなくて、高度なプリレンダCGによるマップ描画と、ある程度のムービーシーンが必要だったが、CD1枚でそれを表現するのは既に無理だった。
つまり、プレイステーションは、容量についてはかなり最初から十分ではなかったと思われる。しかし、この時点でCDより優秀なメディアはなかった。
FF7に必要だったのは、SFC以上の映像表現。ポリゴンだけでなく、あらかじめレンダリングされたCGを画面いっぱいに出せる機能(SFCではこれ自体も厳しい)、CGムービーを再生できる機能、そしてそれらを扱える大容量メディアの全てだ。
NINTENDO64には容量だけが欠けていた。(64にも一定の動画再生機能はあるようです)
しかし、これらはたぶんセガサターンにもあるよなという疑問は残る。なんでスクウェアはサターンじゃダメだったのだろう?いや他のハードは?
スクウェアは実際NINTENDO64の可能性もギリギリまで探っていたと見受けられる。FF6のキャラクターを使い、任天堂の次世代機を想定したと思われるCGデモを95年ごろに制作し、ゲーム誌などに公開していた。それはとっくにプレステもサターンも発売している頃の話だ。正確な製作時期は知らないが…
このデモの前後あたりで、CDを求めるスクウェアはソニーかセガか、おそらく選んだのである。他のライバル、3DO、PC-FX、あとアタリジャガーなどは、性能以前に95年時点で既に敗色が濃厚であったのではないかと…
サターンはそうではない。プレイステーションに性能で負けてるという印象は一般的にはなく、販売台数もむしろ勝っていた時期があると。
スクウェアは、なぜセガサターンを選ばなかったか。理由の一部は坂口博信が語っている。
>う~ん、やはり肝心なところのスペック部分ですよね。僕らにしたら「ここがポイントじゃないか」っていうのがあるわけですよ。
ひとつはやはりスペック、機能の問題。
またセガはスクウェアの要望をあまり聞いてくれる感じではなく、ソニーはそこは違ったと。
しかしスクウェア参入時点では既にプレステは完成したハードだったので、そこらへんどのように要望を聞けたのかはよくわからないが。
性能的には実際どうなのかと言えば、サターンは半透明ポリゴンが使えない。いや、正確には何かやり方によっては使えるらしいのだが、一般的には使われていない。するとFF7の一部の演出はサターンでは表現できない。
まあそれは些細な問題であって、仮にサターンに決まっていれば、サターンの性能に合わせたFF7というのも作られていただろうが。
プレステに特化して作られたFF7を、サターンにポンと移植するわけにはいかなかったはずだ。
サターンのポリゴン性能自体が劣っていたのかついては、僕にはよくわかんない。四角ポリゴン(台形ポリゴン)だったという話は知っている。サターンのポリゴンは、もともと2Dハードとして作られていたサターンの機能である変形スプライトによって表現されたもので、一般のポリゴンは三角形の多面体であるのに対し、サターンは四角形だった。伸び縮みするときの歪み方が普通のハードと違い、扱いが良いところと悪いところがあるらしい。
これはスプライトであり「擬似ポリゴン」だというものもいるが、技術的には立派にポリゴンでしょうと言う人もいる。ポリゴンだと思うが、よくわかんねえ。
>中氏はハードの思い出話を披露。セガサターンは“最強の2Dハード”と呼ばれているが、3Dポリゴンは本来表現できない機種であったため、 “スプライト”と呼ばれる映像技術により擬似的にポリゴンを表現した
中裕司は擬似的という言い方をしてたようだ。
サターンが設計段階では2Dに特化しながらけっきょく3D機能に動いたという経緯がいろいろ使いにくいところにつながったようだが、とは言っても発売する頃にはバーチャファイターも用意できており、時流が3Dに向いていることはセガはちゃんと理解して間に合ったのだ、というふうには思う。そしてサターンの代表的なゲームの多くはやはりポリゴン。
しかし、実際サターンの2D性能ってどんな感じだったんだろう?
実のところプレイステーションは十分な2D性能を持っていた。ローンチに極上パロディウス(アーケードの稼働開始も94年!)があることではっきりしている。
プレイステーションはポリゴンを重視するハードながら、スーパーファミコンよりずっと上の2D表現ができた。これはポリゴンを擬似的なスプライトとして使うことで何か上手く行ってるようなんだが、技術的な詳しいことは知らない。
2D格ゲーの移植ではアニメーションが削減されるなどの限界もあったが、プレイステーションは当初からスーパーファミコンの数ランク上の2Dゲームを出せるハードであり、別にポリゴンに走らなかったメーカーにとっても十分魅力的なものだった。
サターンはどうなのだ?
サターンの2Dゲームって、代表はなんだ?
セガサターンは『ヴァンパイアハンター』の良好な移植がされたとはいう。これは『ヴァンパイア』の移植が遅れたプレイステーションより上だった…のだが後期は格ゲーの移植には拡張RAMが必要な状態になっていた。格ゲーはアニメーションのコマ数が重要なので、けっきょくハード性能というかメモリの問題になっていたようだ。
サターンは拡張機能はあったが、本体だけでは格ゲーの移植のような偏った需要に対しては十分な性能とは言えなかった。プレステもサターンもどちらでも足りなかったのだ。
逆にプレイステーションには『月下の夜想曲』のような2Dアクションの傑作もある。サターンも月下が移植されたりロックマンなどがほぼ同時期に展開したりと2Dの強さを見せているが、ロックマンX4が動くプレイステーション以上の2D性能を、当時のメーカー側も、格ゲー以外でそこまで必要なかったんじゃないかとも思える。
テイルズオブエターニアのような2Dに比重の偏ったRPGもプレイステーションで発売された。
サターンからプレステの移植で演出が低下した例としてはグランディアがあるそうだ。やはり2Dはサターンのほうが強かったというのはそうらしいのだが、その差を体感できる事例ってあんまり知らないなあということを思った。
他のハードの2D性能はどうなんだろう?
N64はサターンと比べると高いのか?
3DOやPC-FXは?
このあたりは正直全くわからない。スパ2Xとサムスピが動く3DOは2D性能は十分あったという気はする。比較してる動画を見ると3D性能はどうもだいぶ劣るっぽいのだが…
PC-FXは3Dを切り捨てたハードだが、2Dはどうだったんだ?
正直なところ3DOもそうだが、FXの敗因はハードの性能以前のところにある気がしてならない。しかし性能面でも別に戦えてはいなかっただろう。
動画ゲームの記事に書いたとおり、CDは動画を扱うにはそもそも厳しいメディアであり、動画再生に優れるFXでも別に十分だったはずがないからだ。
その点ではプレイステーションも、当時としては最適に近いハードではあったが、FF7のポリゴン表現は当時でも不満がないとは言えないものだ。キャラクターは綺麗だが敵モンスターの造形はゆるめ、移動画面は視点も動かせない、CDの枚数も多すぎる。
当時としてはすごいほうだったとして、機能が足りていたわけではなかった。十分ではあった。
97年時点ではCD-ROMより優れたメディアは存在しなかったし、CDの容量で耐えきるにはハード性能もプレイステーション程度が限界だったのかもなあということを考えた。


説明は存在しなかったが、謎に王冠をかぶったカンダタの絵が城内に飾ってある。
入口の床の絵もカンダタっぽい。