神殿岸2

2と言っても実質1.5みたいなもの

クリーピングコイン、およびその類似種についての考察

クリーピングコインというのはゲーム「ウィザードリィ」に登場するモンスターだ。
コイン(硬貨)の姿のモンスターで、大量に現れるが個々の力は最弱。レベル1しかなく物理ダメージも1固定で、その力はバブリースライムと並んで全モンスター最低。アーマークラスのみ少し低めなので、低レベルで戦うと時間がかかるかもしれないが、どう評価しようと弱い。仲間も呼ぶが、集団でもなお最弱レベルの敵である。
特殊能力としてブレス攻撃を使うがダメージは0で、ただの無駄行動(外伝シリーズでは1ダメージ。これが1ダメージだと脅威度は大幅に上がる)。
こんなに弱いのに経験値は結構多いので稼ぎに使う人もいるらしい。しかしこいつの出る2階は毒・麻痺・クリティカルヒットを使う敵が早くも多数登場する危険なフロア。とくべつ条件がいいとも思わないが…
ちなみに、所持金も2階の同ランクの敵より多い。「ウィザードリィのすべて」には偽物のコインであると書いてあるが、このことから本物も混ざってると考えられる。
種族分類は「魔法生物」となっているのだが、この種のモンスターについて「ウィザードリィのすべて」では「魔獣系」という表記にしている。実際ユニコーンのような特殊な動物もこのグループに属するようだ。
0ダメージブレスの属性はエナジードレインと同じ属性。何を想定した設定かは謎。
また名前が「CREEPING COINS?」と末尾に「?」がついてるが、この意味は不明。うごめく魔物が本物のコインなのかどうか冒険者が識別しきれていないのだろうか?

Creepingには地面を這うとか、ゆっくり動くとかの意味がある。
末弥純ファミコン版の絵の影響で、浮き上がったクリーピングコインが描かれていることが多いが、これはフライングコインというべきでありクリーピングコインの名に合っているとは言えない。
クリーピングで接近し、攻撃時に多少跳ねたりはするかもしれないが、本来の「Creeping Coins」とは地面をじりじりと動いてくるものだと考えられる。

末弥純の話をした。日本版ウィザードリィのモンスターについて少し抑えておきたい話題がある。
もともとPC版Wizardryは、モンスターがどのようなものであるかゲーム中で最低限の情報しか示していなかった。名前、外見(使いまわし多数)、そして戦闘時の能力がそのモンスターについての全ての情報である。
この中にはフラックやマイルフィックのように、名前で調べても由来がよくわからないモンスターもかなりいる。これらに末弥純が明確なイメージを与えたのは知っているかと思うが、このデザインの前段階に、PC版のモンスターを日本語で解説した書籍が存在する。
1986年発刊のウィザードリィ モンスターズマニュアル」という本である。
本書p59によると「CREEPING COIN」は「ごく普通の金貨が,魔法によって命を吹き込まれ誕生したモンスター」で、「群をなして迷宮内をズルズルとうごめいている」である。その名に正確にクリーピングしているイメージで解説を書いている。
目次(p6)には「這いずり回る金貨」という訳も書いてある。イラストは暗い背景にコインの群れがちょっと舞っている感じに描かれている。
あまり広まっていない話題なのだが、ファミコン版の末弥デザインは、かなりの割合で本書の情報を参考にしている。クリーピングコインも本書の解説に基づいて地を這うコインとしてデザインしていると思われる。

末弥デザインは動きのある構図をしており、SFC版のように飛行しているコインとして描写されがちなのだが、本当はこの原画は飛行しているつもりでは描いておらず、地面を這っているコインの群れがたまに飛び跳ねている、段差を乗り越えるなどしている、ではないだろうか?
と考えたもの、原画には床が描写されていないため、特に確信を持てるわけでもない。ともかく、クリーピングの名に反したフライングコイン化したのはファミコン版の絵が原因だろう。
あの絵からフライングだと受け取るのは自然な話だ。

別作品だとカルドセプトにもクリーピングコインというクリーチャーがいるが、こちらの外観は「コインの甲羅を背負った蜘蛛」である。飛翔タイプではない。これも独特な解釈だが、というかライノゥビートルにそっくりだが…クリーピングの名には合ったものと言えるだろう。「これクリーピングコインじゃなくね?」というツッコミは適切ではない。
クリーピングコインという名前からは、飛翔するコインという情報は読み取れない。むしろ飛行タイプは名前を正しく反映していないと言える
PC版には最低限の情報しかなかったという話を上で書いたが、であればその最低限の情報は遵守するべきじゃないんだろうか。いや「ビジュアルが強化された日本版ウィザードリィではフライングもするんだ」と、後付け解釈するのが悪いというわけではなく、絵にするときに解釈の固定や追加はあってもいい。
ただそれでもクリーピングという名前を使う限りはその意味は守っておいたほうがいいんじゃないだろうか。飛ぶこともあるかもしれないが基本は地面をじりじり動く。
その意味においては、翅が生えてたらおかしいが、足の生えたコインは間違いではない。カルドセプトが文句を言われる筋合いはない。

ライノゥビートルというのはウィザードリィ#2「ダイヤモンドの騎士」の中盤に登場するが、他のシリーズで見かけることはなく、あまりメジャーなモンスターではない。
rhinoは「お金」という意味で、ライノゥビートルはコインに擬態した虫、ということになっている。
だがこの「コイン虫」であるライノゥビートル、日本版の独自解釈の可能性が極めて高い。
だって……画像検索するとわかるけどrhino beetleってサイみたいな角の甲虫、つまりカブトムシのことだから。辞書を引くと確かにrhinoには(英俗で)お金という意味があるし、rhinocerosの略だとは書いてない辞書もあるけど(書いてある辞書もある)、普通に考えてサイのほうである。
性能的にも、このモンスターはクリーピングコインとはかけ離れている。それほど多くない数で出現し、打撃の威力で威圧してくるその戦術は大型・重厚な甲虫のそれであり、コインに擬態した魔法生物的存在とはちょっと思えない。種族も昆虫系、もとのグラフィックも昆虫だし、不確定名も普通に昆虫だ。どれを見ても擬態など全くしていない。
素直にサイムシと受け取っておいたほうがいいだろう。

この解釈の由来と考えられるのが87年のウィザードリィ2 パーフェクトマニュアル」という書籍である。前述「モンスターズマニュアル」と同じシリーズで、こちらも同様にファミコン版デザインの参考にされている。
p91のRHINO BEETLEはカタカナでリノビートルと表記されているが、「リノビートルのリノとは俗にお金を意味している.その名が示すとおり,このモンスターは金貨によく似た姿をしている魔法生物である.」「金庫や財宝蔵の番人として宝と一緒に仕舞われていた」という説明であり、普通の昆虫ではなく魔法生物と解釈されている。コインに擬態しながら「力強いアゴを持っていて」とあり、高い攻撃力を表現する説明がコインの姿と噛み合ってない感がある。

「パーフェクトマニュアル」のイラストはファミコン版とは違う姿で描かれている。魔法生物という解釈に基づき実在の昆虫には似せていないようで(他の昆虫系モンスターは実在生物に寄せて描いてある)、頭部は牛の骨みたいな形で、翅がない。足はコインの側面からニュッと生えているが、本数は3対であり昆虫っぽいシルエットにはなっている。

いっぽうファミコン版のライノゥビートルはパーフェクトマニュアルのイラストを参考にせず、本文のみ参照してデザインされていると思われる。だがそれよりも、デザインがビートル的ではない。
beetleとは昆虫類でも特に甲虫のことを言う。だがファミコン版のライノゥビートルは見えるだけでも足の数が異常に多く、頭部も見えず、やはり羽根がない。
一応正面?にアゴらしいものが集まっている位置があるようなのだが、パッと見大きな歩脚が4対?と、体の下に無数の小さい足…
形態がわかりにくいのだが、なんかクモ類より足が多いようだ。ムカデ?ダンゴムシ
普通beetleとは丸っこくて硬質な鞘羽を持った昆虫(足が3対)のことだろう。中にはサンヨウベニボタル(trilobite beetle)のように無翅のものもいるようなので、PC版のリノビートルであればギリギリビートルで通るかもしれないが。
末弥純はボーリングビートルやヒュージスパイダーなど、虫系のモンスターの多くをリアルな姿で描いてきており、いくら非実在生物とはいえ足の数すら合っていないというのは妙である。昆虫ですらないものをビートルと呼ぶのは変じゃなかろうか。

しかしこの「大量の足が生えたコイン」がまったくの独自解釈かというと…なんかこいつのほうがクリーピングしそうな外見じゃないか?
このモンスターの特にファミコン版だが、誤解釈にしては妙にディテールがしっかりしている。異様に多い足と、存在しない頭部、もとのパーフェクトマニュアル版よりさらにビートルのイメージから離れたものに変異しているのは何か由来があるようにも思える。
パーフェクトマニュアルからファミコン版までの間に「足のついたコイン」のイメージが別に発生し、それがライノゥビートルと結びついた可能性は、あるかもしれない。
※ちなみに僕はファミコン版のドットが「きりかぶおばけ」に見えていた。

以前教えてもらったが、AD&DにLock lurkerという、コインに無数の足が生えたような姿の、まさにファミコン版ライノゥビートルみたいなクリーチャーがいるらしい。89年のAD&D第2版に掲載されていて、厳密な初出はそれより少し前の88年だそうである。
これは「ウィザードリィ2 パーフェクトマニュアル」より後発のモンスターであり、影響を受けている可能性はないが、ファミコン版3よりは前だ。参考にしている可能性は否定できない。
ファミコン版のデザインがビートルになってないのは、リノビートルと別のモンスターも参考にしていてそちらに引っ張られてしまった…この仮説は成立するかもしれない。
あるいはこのLock lurker自体にも元ネタがあって、それがファミコン版と共通の元ネタだったとか。まず本来のクリーピングコインもこれと同じような「足の生えたコイン」を想定していた可能性も考えていい。

もっとも、その仮説の調査を今やるつもりはないのである。
まず日本版ライノゥビートルに元ネタがあるのかないのか、純粋にrhinoという単語から創造されただけなのか、どちらにしろだいぶ無理な解釈がされたモンスターだと考える
繰り返しになるが、Rhino beetleという名前から想像できるのは普通のカブトムシだ。それをコイン虫にするのは特殊な解釈が過ぎる。Rhinoを「お金」とするのも限定的な訳だし、まして甲虫ですらない姿、よくわからない「虫」であるのは原意を投げ捨てているのではないだろうか。
しかし一方で日本版ライノゥビートルはとても個性的なモンスターであり、マイナー種として埋もれてしまっているがもったいなくも感じる…
普通の昆虫モンスターを無理に再解釈したものではなく、正しくコイン虫として描写できていればもっと目立っていたかも…しかしゲームシステム上はそのような仕組みは難しそうだ…
このモンスターに何か他の見せ場は用意できなかったのだろうか。

コイン虫という名前のモンスターは『ダンジョン飯』という漫画に出てくる。2巻で「宝虫」というグループにひっくるめられて登場した。

コイン部分の表側が上翅になっていて、中に透明な後翅が隠れている(飛行時に上翅を閉じるのはカナブンにも見られる特徴)。足は3対で体節もきっちり分かれており、触角もついている。これはライノゥビートルと違い、明確に昆虫の魔物としてデザインされている。
そしてコイン部分は金属のような質感だが、可食部である。おそらくコガネムシのように構造色で金属光沢を生じているのだろう。つまり食える。
……これは本当のライノゥビートルではないか?
翅の構造から見て、分類は甲虫目の雰囲気が強い。(聖水を作る回ではコイン虫以外の宝虫は甲虫として扱われている)
ビートルの名に似つかわしくなかったライノゥビートルと違い、コイン虫はかなりビートル(甲虫)寄りにデザインされているように見える。
ただよくわからないのは、これが甲殻類に寄生するという生態である。甲虫目にもビーバーの体表に寄生するものはいるらしいが、大きな宿主を幼虫が食べるというのは、少なくとも僕は知らない。そこは架空生物といったところだろうか。
甲虫目の雰囲気を持ってるだけでやっぱり魔法生物とかかもしれないし、半翅目等の別グループなのかもしれない。英語版ではbeetleではなくcoin bugと訳されているらしいし。
とにかく、こいつはライノゥビートル(お金の甲虫)の名に近い魔物に仕上がっている。しかも飛翔能力を持ちながら、地面を歩く姿はクリーピングコインでもあるのだ。

ダンジョン飯はその設定、描写の数々にウィザードリィ系のダンジョンRPGの影響が強く見られるが、ウィザードリィ自体から影響を受けたのかはよくわかってない。ウィザードリィでも外伝やエンパイアかもしれないし、系列のエルミナージュとかかもしれない。モンスターを食料にするという根本的な話題はウィザードリィではなくダンジョンマスターだし、ミミックグリフォンなどウィザードリィ本シリーズにいないモンスターもよく出てくる。ダンジョン飯ウィザードリィひとつから影響を受けた作品ではない。しかしこの系統の影響下にあることだけは間違いない。
ただ、上でも書いたようにライノゥビートルはかなりマイナーなモンスターで、ウィザードリィに詳しい人でもあまり話題にすることはなかった。九井諒子は本当にこのマイナーモンスターに着目して、正しくビートルとなるようアレンジしたのだろうか。それともクリーピングコインから着想してたまたまライノゥビートルっぽくなってしまったのか?
それはわからないのだけど、こいつのおかげでライノゥビートルが少し話題になるようになったのである。

完全な余談
bugという単語は単に虫というだけでなく、特に半翅目カメムシ目)のことを言う場合もあるらしいのだが、まさに半翅目の水生昆虫にコバンムシ(小判虫)というのがいる。こいつの英語名がcreeping water bugと言うらしいのである。
なんかコイン型の虫とクリーピングコインの話がつながってきたという、非常にどうでもいい発見。