ゲームボーイ持ってなかったのであまり思い入れがない。
スクウェアはゲームボーイの発売を他社より早く知っていたらしい。FF2の完成後から発売前、1988年11月には既に魔界塔士サガの企画も始まっていたという話。
1989.4 ゲームボーイ発売
1989.6 テトリスのゲームボーイ版が発売、大ヒットした。
テトリスのブーム自体は既に前年からファミコンとアーケードで始まっていた。
それからポケットモンスターまでの7年…
ポケモン登場前のゲームボーイ、ハードとしての寿命に向かい、少しずつ市場を縮小していく…というイメージではあるのだが、数字としては知ってるわけではない。
任天堂タイトルの発売数
年 | 発売数 |
---|---|
1989 | 7 |
1990 | 5 |
1991 | 2 |
1992 | 6 |
1993 | 2 |
1994 | 3 |
1995 | 4 |
1996 | 7 |
1997 | 3 |
1998 | 5 |
1999 | 4 |
2000 | 12 |
2001 | 5 |
任天堂のサイトの表で数えた。
ゲームボーイカラーも含めた本数となるが、任天堂だけに限って数えた場合、ポケモンが出る前どころか91年の時点でも本数は妙に少ない。ゲームボーイウォーズとヨッシーのたまごだけ。
ポケモン発売後もそれほど増やしてはいない。
他社の本数はちょっと調べる気がないが、こと任天堂に関しては売れ行きを見ているのかいないのか、マイペースに出していた。
新作を充実させるのは他社に任せれば十分であり、定番ソフトに注力していたのではないだろうかと想像している。
メトロイド2をかなり後に新品で買った記憶があり、任天堂は90年代後半くらいまで古いソフトも再販していたはずである。
1993 ゲームボーイの定価12500円→9800円に値下げ
1994 定価8000円に。
ゲームボーイ本体はずっとそのままだったわけではなく、値下げして売り続けていた。まだ後継機を考える時期ではなかったのだろうということになる。
1994.6 スーパーゲームボーイ発売
1994.11 ゲームボーイブロス発売。単なるカラバリであり値段は通常ゲームボーイと同じ。CMには木村拓哉を起用。
94年以後はゲームボーイの新作はスーパーファミコン向けの新作ということにもなる。もうプレイステーションとセガサターンが見えている時期だったが、任天堂はまだまだゲームボーイをやっていくつもりだった。
1996.2 ポケットモンスター発売
スーパーゲームボーイからそれなりに期間が開いている。ここからゲームボーイは想定外の復活を遂げるわけだが、スーパーゲームボーイもまだ2年目だし、思ったよりは元気だった気もしてくるな?
通信機能を特徴としていたポケモンも、当然スーパーゲームボーイに対応したソフトだった。
1996.6 ゲームボーイポケット発売
対応ソフトは初期型と全く同じ仕様の白黒ゲームボーイだが、小型化し定価も下がった。
ゲームボーイポケットは横井軍平氏が退社(8月)直前にわずか3ヵ月で開発したものだというが、生産は別で、それが96年のいつからいつなのかは明記がない。そしてゲームボーイはポケモン発売直前には販売終了の判断間際までは行ってたらしい。
任天堂はリリース前のポケモンを結構推していたらしいという証言と共に、ここに書いてある。
たぶん、ゲームボーイポケットはポケモンの発売が見えてきてる時期くらいに開発してる?
本当の発売直後はそれほどブームではなかったとも言われるポケモンだが、任天堂にとってはある程度の期待作だったようだ。狙ったように数か月後の盛り上がりに合わせて発売したゲームボーイポケットの開発スタート、因果関係がはっきりしないところである。タイミングが異様に合っていたことだけは確かだ…
その後は、まあいいや。
ゲームボーイライト、スーパーゲームボーイ2、ゲームボーイカラーと次々とポケモンブームに合わせた新機種が登場していくのであり、特に難しいことはない。