神殿岸2

2と言っても実質1.5みたいなもの

「ウィザードリィ モンスターズマニュアル」とファミコン版

ファミコンウィザードリィといえば、末弥純の素晴らしいモンスターデザインの話題は外せない。
PC版wizardryではモンスターのグラフィックは限られた種類しか用意されておらず、強いモンスターがコミカルなスライムだったりみんな同じガイコツだったり変なモヤモヤだったりと、使いまわし・あやふやなグラフィックのものが多数いたが、末弥純はその全部を写実的な画風で描き直し、ビジュアル面からもハードな世界観を構築した。

しかし、ファミコン版のモンスターは「なんでこんな外見になってるの?」と疑問のあるものもいる。PC版モンスターの名前、パラメータと、種類の乏しいグラフィックから「マイルフィックがパズス」「フラックがピエロ」「レッサーデーモンは4本腕」「ムカデみたいな骨のサイデル」などという具体的な情報は読み取ることができない。
これらは末弥純が一人で考えたのか?
そうではない。前回クリーピングコインの記事に書いた通り、ファミコン版には基になった書籍がある。
独特のモンスターデザインの多くは、既にPC版で生み出されていた設定に基づいている。

今回扱うのは以下の4冊
ウィザードリィ モンスターズマニュアル
ウィザードリィ2 パーフェクトマニュアル
ウィザードリィ3 モンスターズマニュアル
ウィザードリィ4 プレイングマニュアル

ビジネス・アスキー(またはMIA)から発刊されたこれら書籍、それぞれがモンスターの解説とイラストを掲載している。
#1と#3はモンスターズマニュアルとプレイングマニュアル(アイテムと迷宮攻略の本)の2冊構成なのに対し、#2はモンスターとアイテムと攻略を全て掲載した「パーフェクトマニュアル」のみ、#4は「プレイングマニュアル」にモンスターも掲載する形となっている。
これは#2と#4については再登場したモンスターは掲載していないため、分量が少ないため。(3は過去のモンスターが少ないので再録している)
めんどくさいので以下指定がない場合は4冊まとめて「モンスターズマニュアル」と表記する。

ファミコン版の3作については、ソフトに同梱されていたモンスターカードにもこれら書籍からの引用がされている。
得物屋24時間 ファミコン版ウィザードリィI モンスターカード
「モンスターズマニュアル」シリーズをもとに(たぶん、末弥純自身によって)再解釈が加えられているのがファミコン版のデザインなのである。このことをまず知っておきたい。
しかしこの引用はカードにしか示されていなかったので僕もかなり最近まで把握していなかった。
この引用がアスキー側からそういうオーダーがあったのか、末弥純が自分の意思でやったことなのかは、これは定かでない。
またファミコン版と本シリーズの間にも出版された書籍があるようだが、今回そこまでは調査していない。

「モンスターズマニュアル」は古い本だが、読み物としては今でも通用する面白さがある。1冊目の帯には「初めて視覚化されたWizardryの世界」とあり、このようにモンスターのイラストを多数掲載した本は過去になかったようだ。もしかしたらゲームというジャンルに限らず、国内では珍しいものだったかもしれないし、本国にもこのようなWizardry本はなかったと思われる。
ファミコン版より以前の時代に、限られた情報から想像力を広げたのが本書であり、コボルドやオーガといった定番のモンスターもここでビジュアル化され、日本語の解説が書かれたのである。

著者はゲーム・アーツとなっているが、実際に「本文執筆」としては竹内誠と書いてある。90年代にもウィザードリィの書籍や小説を執筆している竹内誠(たけうちまさる)氏であろうが、このときはゲーム・アーツに所属していたらしい。賢者ウラサムという別名(MASARUの逆読み)も書いてあるが、事実上このモンスターズマニュアルも竹内誠の著書ということになるだろう。
イラストはABE JAPONという人だが、この人もゲーム・アーツの人なんだろうか?詳細はよくわからない…
※#4のみ「執筆協力」に須永有三の名前がある。
※最近読んだ「電視遊戯大全」という文献に偶然書いてあったが、本書を執筆したゲーム・アーツはテグザーで知られるゲーム会社と同一とのこと。

前回、クリーピングコインの記事にライノゥビートルの話も書いた。RHINO BEETLEをコインのような虫と解釈するのは無理があるのではないかと。このモンスターズマニュアルは今でも面白い本ではあるが、何かの伝承やTRPGなどに由来しない独自解釈と思われるものもかなりあり、そこもだいぶ忠実にファミコン版に受け継がれているのである。この話をもう少し詳しく書いていきたい。
(なお本記事は先行研究である一圓光太郎氏のWEBサイトウィザードリィの神話学を参考にしています。こちらのサイトでも「モンスターズマニュアル」シリーズを参照している箇所があり、ファミコン版に影響していたことは知っている人は知っていたことです。
ただ、一圓光太郎氏は参照していなかった箇所もあるようで、骸骨のライカーガスの初出など一部不正確な記述があったこともわかりました)

ウィザードリィのモンスターと言っても、キメラやワイバーンケンタウロスとかバルチャーなら、原典の神話とか元の動物とかがはっきりしており、解釈は安定している。当時まだ知名度の低かったモンスターを本書が紹介したというものはいるかもしれないが、独自解釈されているものばかりではない。
では、名前から想像しにくい特徴があるもの、ウィザードリィならではの外観になっているものはどんなものか。
たとえば、ただの悪魔であるLESSER DEMON。モンスターズマニュアルでは羊の頭と4本の腕を持つとある。ファミコン版も全くこの通りのデザインだが、これはただのレッサーデーモンという名前から想像しにくい特徴である。具体的な一致が見られる。(なお、この外見的特徴はAD&DのGlabrezuという悪魔を参考にしているっぽい)
もっとはっきりしているのはARCH DEMONウィザードリィ2パーフェクトマニュアルには「姿は人間に非常によく似ているが角があり,鋭い牙を持ち,高貴な服装」「炎の鞭を使いこなし」とある。やたら外見の記述が多く、その大部分がファミコン版に受け継がれていることがわかる。

ただしイラストのARCH DEMONは老人の姿である。本文に老人とは書かれていないのだが、イラストは角が生えて炎の鞭を持った、老人。
このように本文に書かれていない要素がABE JAPON氏のイラストでは追加されていることもある、それは別におかしくはないが、知っての通り末弥純アークデーモンは老人ではなく若い青年だ。このようにイラストとファミコン版の差異は他のモンスターでもよく見られる。
どうもファミコン版のデザインはモンスターズマニュアルの本文にかなり忠実だが、イラストのほうはあまり参照していない、というより、イラストを見たうえで意識して差別化していたのかもしれない。
これは全部がそうではなく、後述するがイラストを参照していると思われるモンスターもいる。だから全く見ていないということはないようである。このアークデーモンもデザインは違うが、鞭の描写に限っては似ているようだ。

外見の特徴が少ないモンスターの例も見てみよう。
やはり悪魔系のGREATER DEMON「巨大な身体と翼を持つという恐ろしい姿をしている」とあり、「毒のある爪やパラライズの牙による攻撃は」とあるので爪と牙があることはわかるが、特徴が少ない。

15715608740.jpeg

イラストは人間に近い体格で、下半身が獣っぽく、大きな翼があって、角があって、なぜか剣を持ったデーモンになっている。(こいつもAD&DのBalorというデーモンと一致ではないが似てるっぽい)
これと比べるとゴリラ体型で、鱗に覆われ、猛牛のような髑髏のような頭部のファミコン版だが、翼と爪と牙は確かにあり、本書のイラストの特徴は受け継いでいないが、本文の情報と矛盾もしていないのだ。
こんなふうに、あくまで本書の本文に準じてリデザインされていることが多い。しかし全てがそうではない。中には解釈の変更がされているものもいる。

FLACKなるモンスターについての考察は、既によそのブログで詳しくやられていた。
【かけるのブログ】 ウィザードリィ 「フラック(Flack)」に関する考察と覚え書き
こちらで紹介しているように、どうやら「宣伝屋」という意味を無理にこじつけたようで、「彼らは文明社会にも生息することがある.ある時には主としてTV業界にもぐり込み,黒メガネを着けては夜のTVに登場し」「TVリポーターの大部分の正体がこのフラックであるということは,公然の事実である.」というモンスターズマニュアルの解釈になった、だと思うのだが、いやなんだよこれ。当時のタモリはまだ深夜番組のイメージが強かったらしいが…
こちらで紹介されているようにスライム系とされていた初期のグラフィックが正しいのではないか?という見解については僕も支持したい。

こいつのイラストはインパクトがすごいため本書の他のモンスターより有名だが、妙な服装の小男である。黒メガネなどかけていなくて、チェッカー模様の衣装を着ている。
ファミコン版はこの絵と一致しているわけではないのだが、道化的な雰囲気は受け継がれているようだ。何らかの芸能人的な存在をファンタジー世界に持ち込むために、芸能人ではなく道化師へと変遷させたのだろうと、なんとなくそう思われる。
道化師が元のFLACKの意味にあっているかはともかく、ゲーム上の性能を踏まえた怪人としてはありだ。そしてファミコン版がモンスターズマニュアルのイラストを全く反映していないわけでもないと感じられる。

MURPHY'S GHOST「PAUL MURPHYの亡霊である。」誰。
「ブルージーンズとTシャツを身に着け,青白く痩せこけた顔にはアゴひげという,典型的な"ウェストコーストの小汚い大学生"スタイル」何。
この謎の幽霊にポール・マーフィーなるモデルがいることはわかっていたようだが、やけに否定的な書き方をしてるのが気になるが…それにWizardryを生んだコーネル大学はニューヨークにありウェストコーストじゃない。名前といっしょに不正確な情報も伝来してたのだろうか。イラストも「80年代の大学生のようなもの」が石造りの迷宮に佇む様子が描かれていて世界観崩壊してる。
これに対しファミコン版では大学生ではないが、平民でもなさそうな不思議な服装の人物に描かれている。これは本書をほとんど参考にしてないと言ってもいいか。

FIRE GIANTのように全然違うものも稀にいる。
どうもこいつの解説はAD&DのFIRE GIANTを参考に書いているようなのだが、鎧を着ていて、肌は石炭のように黒いと書いてある。ファミコン版と比べると剣を持ってるとか髪が赤いとかの特徴は受け継がれているが、全体の印象があまりに違う。
逆にファミコン版フロストジャイアントはかなり本書に忠実なデザインなのだが、この2種で肌の色を近づけて統一感を持たせたのだろうか?

さらに、このファミコン版とまったく異なるFIRE GIANTのイラスト…髪は見えないが確かに「鎧を着ていて」「肌は黒い」のだが、なんかこの絵だとレイバーロードみたいだが。もしかしたらファミコン版レイバーロードはこいつを元にしてる…?
本書は人間系の解説については各職ごとにまとめて書いており、ロードについての解説はあるが、唯一のロードであるRAVER LORDの解説は乏しく、ロードのイラストもファミコン版には全然似てない。別のデザインを引っ張ってきたかもしれない。

本書のモンスターとファミコン版の関係はこのくらいで十分示せただろう。例外もいるが、ファミコン版のかなり多くは本書を参考にモンスターをリデザインしている。
では本書自体は何かを参考にしていないのかというと、FLACKのように完全なオリジナルと思われるものもいるが、神話や他のファンタジー作品などを原典にしているものもいる。
上記でも少し言及したAD&D(アドバンスト・ダンジョンズ・アンド・ドラゴンズ)の影響はあるようだ。本シリーズの参考文献は指輪物語など複数が上げられているが、どうも参考文献に挙がっていないAD&DのMONSTER MANUAL(1977年)という英語の書籍を参考にしたモンスターが何種類かいる。

以前話題になった、国産ファンタジーの豚顔のオークの由来について
オークの考察 - Togetter
AD&Dの「モンスターマニュアル」という文献のイラストが豚っぽかったというのが先にあり、それをもとに日本のウィザードリィモンスターズマニュアルが文章で「ピンク色の耳と喉は豚に似ている.」と文章でORCの説明を足したらしい?
これが正確なのか僕にはわからないが、日本における本書の存在は意外と大きいことは確かなようで、一度本書を経由してから後発のRPG等に影響を与えた可能性はあると思う。

KOBOLDも。
コボルドっていつから犬型ヒューマノイドになったの?【取り敢えず解決】 - Togetter
ただし、ウィザードリィモンスターズマニュアルにもコボルドが犬とは書いてない。本書の解説は「皮膚は灰色の鱗に覆われ,犬科の動物を思わせる頭部が特徴的」であり、犬っぽいが犬ではない生物である。オークに比べると普通の獣人っぽくない描写がされていた。

それを踏まえて、「ウィザードリィのすべて」の末弥純コボルドを改めて見ると、顔は犬系だが毛皮ではない気がする。足の爪もイヌ科っぽくない。これは正しい犬の獣人として描いたものではなく、鱗の表現を絵のサイズ的に省略しているのではないだろうか。
※僕はまとめにもあるフォーチュン・クエストの3巻がコボルトを犬の獣人にしたのではないかと思っていたのだが、3巻の図鑑を読み直したところ顔付きは犬だが体毛が薄いとして犬との差異が書かれていた。ただイラストはその記述に反してモフモフの犬の獣人だった。

オークコボルドの他にも、フロストとファイアーの巨人種や、知能が高いというBORING BEETLEなど、モンスターズマニュアルの記述のいくつかはAD&Dを参考にしていたことが今回調べてわかった。
ところで#4のプレイングマニュアルを読んで気づいたが、特に#4で追加されたモンスターにはAD&D由来のものが目立つ。BLINK DOG、D'PLACER BEAST、BRASS DRAGON、LICHだ。ゴールドドラゴンやブラックドラゴンもそうかも。
たかが数体と思われるかもしれないが、#4のプレイングマニュアルの初出モンスターは全部で19種しかいないのだ。その中の4種も該当するというのは比率としてかなり多い。
というよりこれで気づいたのだが、実は#1から#3までに、D&D固有種がほぼいない。
キメラとかゴーゴンとかに代表されるように、WizardryにはD&Dと共通しているモンスター自体はかなりいる。だが例えばアウルベアとかマインドフレイアとか、D&Dの創作モンスターは(#3までは)回避しているようなのである。

気になったのでWizardryのもとになったという古のCRPGであるOublietteのモンスター表と比べてみる。
Oubliette Fan Page by Snafaru - PLATO version内のFiles / Downloadsの先の「oubliette-monster-table.pdf」参照。
こちらのリストを見るとオチューだのアンクヘッグだのパープルウォームだの、ファイナルファンタジーで聞いたことのあるようなやつがいっぱいいる。こいつらがAD&D出身だってのは僕も知ってるぞ。
もちろんウィルオーウィスプやワイバーンなど、Wizardryと共通しているものもかなりおり、WizardryはモンスターについてもOublietteの影響を受けている可能性を示している。
しかし実はWizardryはそこからD&D固有のモンスターを削除しており、問題なさそうなものだけを残していたのである。ガスドラゴンやファイアードラゴンといった普通のドラゴンでさえ違う名前を使用しているのも、これが理由ではないだろうか。初期のWizardryはOublietteのさらに元のD&D本体の影響を残しつつも、独自性も出そうとしている、もしくは版権的な注意を行っていたと考えられる。
#4や#5にD&Dモンスターがいるのは方針が変わったのだろう。

さて問題はそこではない。
オークとコボルドの話に戻るのだが、これらはPC版の時点でもオークはネズミの獣人、コボルドはトカゲの獣人のようなグラフィックであったが、どちらも非常に弱いモンスターである。その不確定名はSMALL HUMANOID(モンスターズマニュアルは「小さな人間型生物」と訳している)である。ファミコン版では「にんげんがたのいきもの」だったが、小さい?
コボルドはともかくオークを小型ヒューマノイドとして扱うのはかなり珍しいと思うが、これはもしかしてAD&Dのイメージを受け継いだものではなく、Wizardry独自の亜人種のイメージなんじゃないだろうか。
定期的に話題になる、TRPGに由来しない最弱スライムもそうだ。WizardryTRPGのモンスターを参考にしつつもオリジナルのモンスターを追加しただけでなく、共通するモンスターでさえ差別化を図っていた可能性がある。最弱オークは最弱スライムと同じくらい妙なものに僕には見える。
それらをモンスターズマニュアルがAD&Dのイメージに復元し直してしまい、のちの日本の獣人タイプのオークとコボルドになる…
という仮説ができた。
なお裏付けは不足している。
※僕がデータの見方を間違えてなければOublietteのオークとコボルドも弱いものらしい。僕はD&Dはよくわからんがこんなに弱くはない気がする。
※最弱スライムはバブリースライムが最初ではなく78年のBeneath Apple Manorというゲームが先だと「ロールプレイングゲームサイド」vol2に書いてあった。

図にするとこうなる。日本版ウィザードリィに到達するまでに、D&Dは複数回の影響を与えている。だけど本来のWizardryのモンスターは必ずしもD&Dに準拠しているわけではない。
しかも、FIRE GIANTの例からもわかるが、モンスターズマニュアルの影響を受けたファミコン版自体はD&Dに合わせていない。いやこれも意識して遠ざけたものか?
逆にFROST GIANTはファミコン版のほうもD&Dそのままらしく、NES版でデザイン変わったのはD&D絡みの可能性もあるみたいでこれもわからない。
ともあれ「モンスターズマニュアル」にはAD&Dの影響は認められるが、全体的なものではない。それに僕もTRPGはよくわからないのでこのへんにしておこう。

ここまでのファンタジー知識の話題とは全く別の部分で、この本が抱えている問題にも触れておきたい。読み物としては今でも通用する本だと書いたが、攻略本としては幾つか問題がある
全モンスターの経験値が「800~1100」みたくなぜかあいまいな数値で書いてあるのを筆頭に(#3で改善)、出てくるフロアは「UPPER」「MIDDLE」「DEEP」の3階層でいい加減だし、能力の抜けも多く、フラックのブレス、バンパイアバットのドレインなどいくつか重要なものが書かれていない。ジャイアントクラブも実際には持っていないクリティカルヒットを使うと書いてある。
手作業でデータを取っていたから間違えているのだろうか?にしては、人力で割り出すのが困難なHP、ダメージ、ACは正確なものが多く(間違いもある)、著者が手動でデータ取りしたのではなく何らかのデータは取得されているようである。むしろ著者のもとに間違ったデータが提供されていたのかもしれん。
こうした間違いの中で、本文への影響もあるのがアンデッドについてだ。

#1の最強のアンデッドモンスターであるMAELIFICについて書こう。マイルフィックは外伝などで悪魔系になっていることも多いが、データ上はアンデッドである。
こいつは本書に「悪霊」とは書いてあるがアンデッドであること(ディスペル可能であること)は書かれていない。もともとAPPLE IIのMAELFICは悪魔のグラフィックでありながら分類上はアンデッドという謎なモンスターで、それが移植でただのガイコツの絵になってたりするのだが、これは何者なのか。
ファミコンの「ウィザードリィのすべて」での解説では、魔神であるマイルフィックは封印されており幽体として現れている、ということであったが、これはアンデッドであることを意識した解説だろう。だがモンスターズマニュアルにはそうした封印についての記述はない。古代の邪悪な存在であるマイルフィクは「その威力を静めるために彼らを"神"として祀ることもあった.」「アイルランドケルト神話」「ヒンドゥー神話」と各国の神話を示し、イラストは「日本神話において”荒御霊”として現れたマイルフィクの姿を示そう.」と説明している。
すなわち「マイルフィク」は複数の神話と結び付けられた存在であり、ファミコン版の「マイルフィック」がモンスターズマニュアルで例示しなかったメソポタミア神話のパズスにになっているのも、あくまで元の解説通りだったのだ。だがアンデッドとしての解説は元の文献になかった。

15715608030.jpeg

「モンスターズマニュアル」と同じく竹内誠が執筆しているウィザードリィ プレイングマニュアル」には、ジルワンが効くモンスターの一覧で表示してあるのだが、MAELIFICがここに含まれていなかった(ナイトストーカーも抜けている)。どうもこの時点ではマイルフィックがアンデッドだという認識が持たれていなかった可能性がそれなりにある
つまり、能力と外見、得体のしれない存在感に辻褄を合わせる形で魔神という解釈をしたのではなく、単純にアンデッドだと思っていなかったからアンデッドだと書いてなかった疑惑がある。
疑惑レベルではあるが。

MAELIFICはWizardryの造語のようである。少し前のロバート・ウッドヘッドのインタビューではmaleficという単語と、魔女マレフィセントと関連付け「あれは邪悪を具現化した存在なんだ。」とコメントしている。外見とか伝承ではなく雰囲気だけを示す名前といったところだろう。
この名前から正しい造形・設定を想像するのは不可能に近いが、そのあやふやさと危険さを表現するうえで、邪神が霊体になったようなものと解釈するのも一概に間違っているとは言えないだろう。種族を間違えていた疑惑はあるが、結果的にこれでよかった。

アンデッドかどうかわかりにくいモンスターが他にもいた。VAMPIRE BATもドレインを使うアンデッドだと書いてなくてただの麻痺を使うコウモリ扱いしている一方、DOOMTOADWEBSPINNERはちゃんとアンデッドとして説明している(しかしDOOMTOADは本文にカエルと書きそびれていたせいで間違って巨大な人型のアンデッドに描かれている)。

問題があるのはSIDELLEだ。その姿は「骸骨にカマキリの鎌のような腕と,ムカデの足が生えたような姿のデーモン」
サイデルもデータ上アンデッドなのだが、日本版の書籍でマイルフィックと同様に幽体化している魔神として扱われているモンスターだ。それはマイルフィックと同じレベル7魔法を使うせいで、異様な外見もその雰囲気に由来して創作されたものだろうと、僕は思っていたのだが…
ウィザードリィ2パーフェクトマニュアル」、サイデルの能力を間違えており、7レベルMスペルを使うことがスペック表にも本文にも一切書いておらず、代わりにブレスを使うということになってる。この誤ったパラメータに基づくと、SIDELLEをデーモンと考える理由が弱い気がする。しかも、特別な魔神としての解説もない、サイデルはただのデーモン以上の説明はされていない。
マイルフィックは悪魔のグラフィックのアンデッドだが、サイデルは最初からガイコツのグラフィックのアンデッドだ。なぜデーモンと解釈されたのか。むしろサイデルがデーモンだという誤った前提が先にあって、骸骨の姿のデーモン像を創作した疑惑をここで提示する。
なおムカデみたいな姿についても何か元ネタがあるのではなく名前の雰囲気からの連想のような気もするが、よくわからない(ボーンゴーレムとかの別名で似たモンスターが出てくるゲームもあるがいずれもファミコン版サイデルより後発な気がする)。そもそもPC版はアークデーモンもガイコツだったりするからよくわからない…
わからないだらけだ。
ウィザードリィの神話学にあるようにSIDELLEって人名っぽいんだけどな…

ガイコツだと忘れちゃいけないのがLYCURGIウィザードリィ4プレイングマニュアルによると「ライカーギは,スパルタの哲学者リュクルゴスの精神が彷徨っているアンデッドである」「ギリシャ風のトーガをまとい,右手に石墨,左手に石版を抱えた骸骨のような姿である」
イカーギというのはライカーガス(LYCURGUS)の複数形(個人名の複数形ってなんだそりゃ)だが、#4の仕様上、単体のモンスターも召喚時は複数形で表示されてているので本書のようにライカーギという名前を使う媒体が多かった。それでイカーギは完全にアンデッド扱いで、サイデルとは逆に「骸骨だけどデーモン」ということは一切書いてない。
#4には不確定名がないので、ライカーガスの外見はゲーム内では確認できなかった。骸骨になったのは本書以降である。これはもう最初の段階でデーモンと思わず、リッチと同様のアンデッドと勘違いしてるように見える…ドレイン持ってるからだろうか。
これも「ウィザードリィの神話学」でも指摘されているようにリュクルゴスという人物は歴史上に複数おり、必ずしもギリシャではないし、「そういう固有名詞の悪魔」という気がするのだが、アンデッド扱いしちゃった本書を引きずって、骸骨のデーモンというサイデルと逆の存在になったのである。
※なおウィザードリィの神話学にはこのガイコツのライカーギは『ウィザードリィ4 地上への道』が最初だと書いてあるが、正確には本書のほうが先のようだ。

解釈が誤っていると思われるものはアンデッドだけではない。誤解釈だと思えるものは他にも何体かいる。前回述べたRHINO BEETLEもそうだが、犬みたいな名前なのにバジリスク扱いされているGAZE HOUNDも怪しいものだ。
ネズミのモンスターなのにウサギと誤解釈されたRABID RATについてはウィザードリィの神話学でも痛烈につっこまれていたが、この誤解の原点もファミコン版ではなく「ウィザードリィ2 パーフェクトマニュアル」のようだ。本書でもラビッラットと表記してはいるが、大きなウサギの姿をしているとはっきり書かれている。

目次ページでは(ウサギネズミ)とウナギイヌみたいな日本語訳をつけてるが、一応書いておくがRABIDはウサギではない。こいつはウサギとは関係ない、凶暴なネズミである。
しかし何だ(蚊柱怪獣)って訳は。

DELFも辞書の近い単語からイメージされたようだ。
「オランダの陶器の焼き方の名前」「焼き物で悪魔の像を作って邪悪な魂を封じ込めたもの」となっている。オランダのデルフト(Delft)の有名な陶器に由来する解釈なのだろうが、実際のところ名前が似ているだけで、いろいろなワードでぐぐったがデルフト焼きに悪魔の話も特にないようだ。必死で探せば世界のどこかにデルフトの悪魔像も見つかるかもしれないけど、もしあっても本書の記述と関係はないだろう、たぶん。
それに、こいつは名前の由来がはっきりしているのだ。ウィザードリィの神話学にも「ロバート・デルファベロ・ジュニアRobert Del Favero Jr.の愛称です。」と書いてあるが、つまりマーフィーと同種の個人名である。得物屋の掲示板にもウッドヘッド本人を経由して確認が取れたとの書き込みがあった。
得物屋 ウィザードリィ メインBBSの該当スレッド
デルファベロ氏はアンドリュー・グリーンバーグの所属していたWARGというグループの一人で、ウィザードリィ#3の開発者の一人でもある。それがそのままゲームに出てきていたというのが真相。ポレと同じ、純粋な固有名詞の「そういう名前の悪魔」だ。
だが個人名の全てを日本版の関係者が把握しきれてないのも無理からぬことで、明らかに誤解釈ではあるが間違えるのも仕方ない。
その間違った解釈において、「陶器の悪魔像の悪魔」という全くの創作だが非常に優れたセンスだと思う。ライノゥビートルと同じで、ただの間違いと切り捨てるのは簡単だがもったいない。

ところで、この得物屋の書き込みによると、ロバート・ウッドヘッドはSEG PO'LEが何か覚えてなくてアンドリューに確認を取ったようである。結局SEGの意味はわからなかったのだが、なんかこのメールだとPO'LE自体の意味も覚えてなかったようにも受け取れるのだが…
ポレとデルフがおそらくそうなのだが、Wizardryにはアンドリュー・グリーンバーグの創作したモンスターもいると思う。どうもロバートはWARGの他のメンバーとはあまり交流がないようなのだが、もしかしたらアンドリュー側が創作したものはロバートですら由来を知らないまま流されてることもあるのではないか…?
よしんばロバートが知ってても、サーテックの人たちにまで周知されてるとは限らない。デルフのグラフィックが移植時に悪魔からヒゲ男に変わったのはそのせいではないのか?
フラックが初期の移植でスライムからガイコツになっているのもそうだ。特にIBM版、アンデッドでもないガイコツ多すぎ問題だが、これは移植する人がよくわかってないからとりあえずガイコツにしてたのでは?
「よくわからないもの」は、サーテック自身もよくわからないまま移植されている可能性がある。日本版の書籍の解釈を責めるわけにもいかない。

一応このモンスターズマニュアル、「本書の作成において,SIR-TECH SOFTWARE Inc.よりいただいた寛大かつ有益なアドバイスに感謝します.」と各巻の冒頭に書いてある。モンスター関連に限ってアドバイスを得ていた可能性がある(この文言は#1のプレイングマニュアルにはない)。
ただ以前書いた「ムラマサがミキサーになってた問題」で書いたように、サーテック情報が合ってる保証はない。全くわけのわからないモンスターについては、日本人が誤った解釈をしたのではなく、間違いがサーテック本体から伝えられていた可能性も否定できない。
もっとも日本語の書籍なんてちゃんとチェックしてなかった可能性のほうが高いというのが、他の本の内容も見ての個人的感想であるが。仮に何らかのアドバイスがあったとしてもである…

最後に「ウィザードリィのすべて」との比較についても書いておこう。ファミコンウィザードリィの攻略本である「ウィザードリィのすべて」は末弥純のイラストにベニー松山による解説がついている。これは基本的には末弥デザインに基づく解説なのだが、その内容の一部がモンスターズマニュアルと一致していた。
レッサーデーモンの体格が3メートルという記述、ロッティングコープスを喰屍鬼(グール)とする解釈、ナイトストーカーを指輪物語と結び付ける記述…ささいな内容ではあるが、イラストから読み取れない情報が具体的に一致している記述があり、ベニー松山氏も参考にしていたことがわかる。
ただしこうした一致は一部だけであり、解釈が変更されているフラックやフィーンドなどはもとより、それ以外も多くはベニー氏のオリジナルと思われるものだった。が、ベニ松作品でも重要な設定である「ゼノは地球外生物」という解釈も「ウィザードリィ3 モンスターズマニュアル」と一致しているものであり、無視できない影響もあったことがわかった。

※FIENDはモンスターズマニュアルでは「悪霊の鎧を着た小悪魔」というまた由来不明の解釈なのだが、末弥純の絵だと逆に「鎧の悪魔が人間の屍に着せられている」ように見える。ベニ松はフィーンドを鎧の姿の悪魔だと解説しているが、確かリルサガは悪霊の鎧とする解釈を再引用していたはず。

このくらいにしておこう。
まだまだ書けることはたくさんあるが、さすがに長くなりすぎた。気になることがあればこのシリーズを実際に入手して確認してくださいということで、この記事はそろそろまとめに入る。
既に書いてきた通り、「モンスターズマニュアル」シリーズは独創的に過ぎる、無法ともいえる解釈がされているものもちらほらあるが、それらも含めて総じて面白い、名作であると言ってもいいものだった。
そして本シリーズはアスキーと無関係でもないため、ファミコン版が本書をベースにする経緯は不明ながらも納得できるものだった。しかし、おそらくは独自解釈だという点も頭の片隅にはおいておきたい。
攻略本が独自設定を生み出すことがあるというのは以前にも述べた。このようなことは特に90年代にはよく行われていた。

以前書いたゲーム攻略本についての記事ただし後半はガンダムの話

90年代のFF3基礎知識編の例にもあるように、公式と銘打っている文献にも明らかな創作設定が普通に見られるし、ましてこのモンスターズマニュアルは元から公式な設定資料として書かれたものではない。
にもかかわらず、その解釈はファミコン版で公式なものとして採用されたのにとどまらず、そこからの再引用がされたWSC版やその他の国産ウィザードリィ、直接縁のないテイルズオブファンタジアにまで影響がみられる。
さらにウィザードリィ外伝やPCエンジン版、さらにリルガミンサーガにはファミコン版経由の引用ではなく直接本書を参考にしたモンスターもいた。ファミコン版からの流れがあったとはいえ、アスキー以外の他社までこれを原典として使うべきなのかという引っかかりもある。
あるいは、独自解釈のモンスターが本書の創作したものだということが気づきにくかったため、これが正しいものだと思われて引用されていたということは、あるかもしれない。

もう一つわかることがある。シリアスな日本版ウィザードリィのイメージはファミコン版が起源ではないということだ。ファミコン版のイラストと、その周辺で活動したベニー松山らもシリアスな世界観を拡散したものであるが、その前に本書で竹内誠が十分に下地を築いていた。
本書はコミカルさのあったPC版のモンスターを前提にしながら、真面目なファンタジーをやろうとしている。ABE JAPON氏のイラストも末弥純の写実的な画風と異なる漫画タッチだが、また違ったシリアスさのあるものとなっている。
さらに言えば、こうした「シリアスなウィザードリィ」を竹内誠が新しく始めたということでもないだろう。特にこの本が文句を言われたという話も聞かない。日本においてウィザードリィは正しいファンタジー作品として受容されていた。それはもともとそうであり、ファミコン版以降で劇的に変わったことではないのだ。
たまには、そのシリアスの中に大学生とかTVリポーターとかおふざけも混入してたが、それを言うなら「ウィザードリィのすべて」も三船敏郎を解説し始めるページあるし、おふざけの程度としては似たようなもんだろう。
日本版ウィザードリィは、ファミコンより前からシリアスであった。
正しく言うならファミコン版では、以前からあったシリアスなウィザードリィ像を特に薄めることなく延長した」であろう。

そうかな。

VORPAL BUNNYは現在では映画「モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル」のキラーラビットのパロディだという見方が強いが、マーフィらと違い、「モンスターズマニュアル」に特段ふざけた解説はない。外見の特徴も鋭い前歯があるというくらいである。イラストは前歯はすごいが、リアル寄りの姿のウサギ。毛の色も白ではない、灰色か茶色か。
本文の解説もキラーラビットとは違うイメージだ。映画のキラーラビットは白うさぎだし、あれは前歯だけでなく全部の歯が鋭い。
ファミコンボーパルバニーも前歯だけが鋭く、本書に準じた造形だが、なんで白うさぎだったんだろう?
末弥純は全体的に写実的な画風だが、こいつに関してはファミコン版のほうがむしろコミカルに描かれている。そして白うさぎなのは「ホーリー・グレイル」のイメージに近づけたようにも見える。ただの偶然だろうか…?

竹内誠は86年の時点ではVORPAL BUNNYをホーリー・グレイルと結び付けるつもりはなかったように見える。
ただ、彼は遅くとも89年までには「ホーリー・グレイル」を見知っていたようなのである。
それは「ウィザードリィ4 プレイングマニュアル」の記述で明らかになる。

続く。

kandatas.hatenablog.com

ファミコン版のカピバラが実在のカピバラと全然似てないことに最近初めて気づいた。