神殿岸2

2と言っても実質1.5みたいなもの

アークデーモン論

昔からいろんなゲームにアークデーモンって名前のモンスターが登場するが、2020年現在、世間の代表的なアークデーモンはこいつだった(google調べ)。

ドラクエ2の終盤に出てくるめっちゃ強いモンスター。牛のような顔に爬虫類のような皮膚。コウモリ型の翼。筋肉質で太い身体。全ての能力が高く、強力な魔法も使う、まさに悪魔らしい悪魔だ。色違いにベリアルがいる。
ドラクエでは2以降しばらく出演が途絶えており、古株の割に出演回数が少ないモンスターだが、その存在感は圧倒的。トルネコの大冒険など派生タイトルにもよく出演している。

英語版ではArchdemonと表記されているようだ。Archは「首位」を意味する接頭辞でデーモンを強化している。
単語としてのArchdemonという語は辞書にはあまり載っていないが、ドラクエ以外でもよく使われている。

ところでアークメイジとかアーチメイジという名前も幾つかのゲームに出ている。ファミコンウィザードリィにも「アーチメイジ」という敵がいる。これはもともと英語版にいた「ARCH MAGE」をカナ表記したもので、アークデーモンのarchと同じ。
だが世間を見ると、アークメイジ表記のほうが多いかと思う。ファミコンウィザードリィ3でも「アークメージ」に改められている。
…どっちが正しいのかという話をすると、これはアーチメイジのほうが正しいと思われる。
archの発音は「虹」のアーチと同じであり、カナ表記するなら普通「アーチ」である。
語尾につける場合や、archangelという単語で例外的に「アーク」になるものもあるが、普通はアーチ。これはarchdemonにおいても全く同じで、正しくはアーチデーモンではないのかということになる。
いや厳密に書けばデーモンじゃなくてディーモンとかディーメンじゃないのかという問題はあるが、ここでは厳密すぎる話はしない。

追記:「続く単語がangelのように母音から始まる場合は「アーク」になることもある」と最初ぼんやりした認識で書いていましたが、archenemyはアーチですし、これはアークエンジェルだけが例外的な語ということであり、母音が理由ということではないようです。指摘を受け修整しました。

以前の記事で書いたウィザードリィモンスターズマニュアル
ファミコン版のモンスターのもとになったと思われる本書、ARCH MAGE単独の解説ページはないのだが、目次ページに名前は掲載されていた。

アーキメイジ(技能魔術師)という変わった訳をしている。
これについて古い英和辞典を調べた結果、確かにarchにarchitectの略というのが見つかったものの、まあ違う気がする。arch mageの意味は、おそらく「首位の魔術師」であってるだろう。
ただしWizardry1作目にはARCH MAGEは2種類いる。片方は普通に強い魔法使い(技能魔術師/深)だが、もう一種類「大した魔法を使えないのにモンスターレベルだけちょっと高いARCH MAGE(技能魔術師/浅)」というのがいる。
この2種類がいることを考え、「首位魔術師」と訳さなかったのかもしれない。

なお、このゲームと関係ないのだがarchimageと表記して大魔術師を意味することもあるようだ。この場合はアーキメイジと読むらしいので、カナ表記アーキメイジも一概に間違ってるとは言えないのかもしれない?

これがファミコンウィザードリィIIIで「アークメージ」に変わっていくまでだが、とりあえず気になるものを発表順に見てみるとこう。

1986.1.10 ウィザードリィ モンスターズマニュアル アーキメイジ
1987.1.26 ドラゴンクエストII アークデーモン
1987.3.15 ウィザードリィ2 パーフェクトマニュアル

アーキメイジ
アークデーモン

1987.8.15 ウィザードリィ3 モンスターズマニュアル アークデーモン
1987.12.22 ウィザードリィファミコン アーチメイジ
1988.2.10 ドラゴンクエストIII アークマージ
1989.2.21 ウィザードリィII(ファミコン アークデーモン
1990.3.9 ウィザードリィIII(ファミコン アークメージ
アークデーモン

この表にあげたのは私にわかるものだけである。私が読んでない本で、「ウィザードリィハンドブック」などにもカナ表記が掲載されていたかもしれないし、されてないかもしれない…
ただ、時期的にどうやらアークデーモンと先に表記したのはウィザードリィ系の文献ではなくドラクエであるウィザードリィパーフェクトマニュアルより早い。

疑問1
なぜ「ウィザードリィ2パーフェクトマニュアル」はアーチデーモンとせず、アークデーモンとアーキメイジを併存させてるのだろう。
Wizardry#2にはARCH MAGEは強力な魔法を使う一種類しかいないのだが、本書のアーキメイジの訳は「技能魔術師」のままであった。
一方、本作最強の悪魔であるアークデーモンはというと

「技能悪魔」だった!なぜアーキデーモンと表記しておらぬのだ!?
そういやこのパーフェクトマニュアル版のアークデーモンは、デーモンらしからぬ人間の姿が特徴なのだが、もしや技術者としてのイメージなのだろうか…?
でも同じ意味なのに、なぜ片方をアーキと読んで片方はアークなのか。
これドラクエ2に引っ張られた」以外の説明ができるのだろうか?
もちろん本書の発行はドラクエ2の発売わずか2ヶ月後、反映するほど時期が離れてるかは微妙なのだが、アークデーモンは発売前から名前が出てたかも…

なお技能悪魔という訳はおかしいと思ったらしく、「ウィザードリィ3モンスターズマニュアル」ではちゃんと「大悪魔」としている。

なんかDEMONGと誤字ってるが。なお本書のアークデーモンの解説はパーフェクトマニュアルの使いまわしで、#2と#3で能力が違うのだが#2の解説のままになってる。

疑問2
初期ドラクエのモンスターはウィザードリィの影響が見えるものがおり、そのうちの一つがアークデーモンだ。ドラクエ2には他にもオークやドラゴンフライなどウィザードリィ成分の強いモンスターがちらほらいる。
しかしドラクエ2ウィザードリィ#2のパーフェクトマニュアルより先に発売されている。アークデーモン表記は何かを参考にしたものなのだろうか。
そもそもこいつのルーツを探ってみると、もともと「グレーターデーモン」という名前の原案が鳥山明に渡されていたようだ。

WiiドラゴンクエストI・II・IIIにはソフト内に貴重な資料が収録されている。そのひとつがドラクエ2のモンスターラフで、その中にグレーターデーモンがいる。
ちなみにシルバーデビルのラフは「レッサーデーモン」だった。グレーターとレッサーの2種類の階級、やはりウィザードリィに影響された線が濃厚だ。
初期ドラクエのモンスターは堀井雄二がかなりおおざっぱな原案を描いて、鳥山明が清書するという流れがあったことは有名だが、どうもドラクエ2のものは宮岡寛が描いているようだ(※本題とあまり関係ないのだが、興味深い話なので後述する)
アークデーモンはラフの時点でしっかりデザインされており、最終デザインにもかなり原型をとどめていることがわかる。

さてデザインの変化はともかく、なぜ名前がアークデーモンになったのか。
明確な事実がひとつあり、「グレーターデーモン」はドラクエ2に出せない名前であるドラクエ2のモンスターは7文字までと決まっているようで、グレーターデーモンの9文字は無理。「グレターデモン」などに縮めれば入るが、これなら改名したほうが良さそうだ。
改名候補として、グレーターデーモンの上位種として、Wizardry#2最強の悪魔であるArchdemonを意識したもの…それ自体はありそうな話だ。でもなぜアーチデーモンではないのか?
ここでもうひとつ重要な問題にぶち当たる。ドラクエ2にはカタカナの「チ」が入ってない
ファミコンのメモリの制限により、使える文字を厳選しているドラゴンクエストからは使用頻度の低い文字は排除されており、ドラクエ2も使えるカタカナは制限されている。アーチデーモンも出せない名前だった。
ちなみに「グレーターデーモン」は文字数はオーバーしてるが、カタカナの使用制限には引っかかってない。
(なお、同じような事例としてドラクエ1ではダークドラゴンが文字の都合でダースドラゴンに改名されたという話が知られているが、この話のソースを見つけていない)

ここまでのまとめ。
ドラクエ2ラフの「グレーターデーモン」が改名された理由は文字数だと断定していいだろう。その改名先が「アークデーモン」であった理由として、以下の3通りの仮説を考えた。
仮説A:Archdemonが元ネタなのだが、これが当時ドラクエスタッフの間ではアークデーモンと読まれていた。
仮説B:Archdemonが元ネタで「アーチデーモン」にしたかったのだが、「チ」が使えないので、そう読む場合もある「アーク」に変えた。
仮説C:そもそもアークデーモンはArchdemonではなく、使えるカタカナでなんとなく強そうな「アーク」を作ったのである。

ドラクエアークデーモンはArchdemonだと思ってたが、そうじゃないのかもしれない。
アークデーモン」というカタカナ7文字をドラクエ以前に世に送り出した媒体は存在するのだろうか。私はその情報を持ってない。
…あってもおかしくはないし、それがドラクエ2に影響している可能性も否定はできない。私は持ってないが、86年には「ウィザードリィモンスターズマニュアル」以外にもモンスターの解説本が出ているようで、そこにカタカナの「アークデーモン」が存在していた可能性は、強く否定はできない。
しかし後への影響を考えると、その未知の文献が実在したとしても、ドラクエ2から伝播したもののほうが影響は大きかったはずである、と私は考える。
その後に続くウィザードリィファミコン版)は、正しくアーチメイジを出した。この時点ではドラクエにもウィザードリィ2パーフェクトマニュアルにも引っ張られていなかった。Archをアークと読むのは、まだ広まりきってはいなかったはずだ。
一方ドラクエ3は相変わらず「チ」が使えなかったらしい。「アークマージ」というモンスターを出している。
もっとも「メイジ」は使えるのにマージになってるのは語感を優先しているのだろう。アークマージというのは語感を優先したネーミングであり、arch mageだと思うが、断言はできない。当時の英語版ではArchmageと訳されていたそうであるが、これに日本版の開発者がどれだけ関わっているか定かでない。

翌年になると、ウィザードリィIIもアークデーモンアークエンジェルを出した。注意することとして、archangelはarchの発音が違っており、「アークエンジェル」表記でおかしくない。
ファミコンウィザードリィIIにおいては、アーチデーモンとアークエンジェルで並んでると違和感を持たれるかもしれないので、わざとアークデーモンにそろえたということも考えられる。既にアークデーモンというモンスターが世の中に広まってるわけであるし。
そしてウィザードリィIIIにアークメージが出て、以後は完全にアーク優勢の流れが出来上がった。ドラクエウィザードリィ以外でもアークデーモン、アークメイジは非常に見かけるようになる。

風来のシレンの「アークドラゴン」みたいな派生アークも登場した。
またよくわからないアークの例として、FF7にもアークドラゴンというモンスターがいるのだが、こいつは上位のドラゴンでもなく、日本名の意味もよくわからない。
よくわからないのだが、Ark Dragonと訳されているという。Arkってなんだ。なんか適当にアークとつけられた感じがある。

または悪魔城シリーズにもアークデーモンというのがいる。このシリーズはデーモンの上位にアークデーモン、デーモンロードというのが出てくるのだが、こちらArchを名乗るほど強くないせいか、Arc Demonと、意味が不明瞭な訳をしていることもあるようだ。
これは日本版の悪魔城を作ってる側も日本版ウィザードリィアークデーモンくらいの「上位だけど最強でもない(ロードのが強い)」くらいを意識してる可能性が高い。
後期の悪魔城は割とウィザードリィ由来と思われるアイテムやモンスターが見られるが、アークの上にロードがいるというのも、もともとは日本版ウィザードリィ特有の序列ではないかと考えている。

このような事例がある歴史を踏まえて。本当は英訳としてはアーチデーモン表記のほうが筋が通っている気がするのだが、国産ゲームにアークデーモンという表記が見られる理由は「伝統的にそうだから」ではないかと思っている。
しかしdemonをいまさらディーモンと表記しないように、archもアークで通っている。
いまさらアークデーモンに対して文句を言うべきでもないだろう。
だが「アーチメイジ」表記がたまに生き残っているように、稀に「アーチデーモン」と表記する作品があったら、それも正しい姿だとも言っていくべきなのである。
むしろ「アーチメイジ表記は間違ってる」と、いわれのない文句を言われてそうな気がする。DOOMのアーチ・ヴァイルは特に文句を言われてないようだが…

後記
上で触れたドラクエ2の「グレーターデーモン」

だが実はもう一つアークデーモンの原案とされるものが存在する。

集英社DRAGON QUEST MONSTERS」(1996年。2冊セットの厚い本)に堀井雄二鳥山明の対談が掲載されている。ドラクエのモンスターは堀井雄二のラフをもとに鳥山明がデザインしているということを述べているのだが、

堀井雄二が描いたアークデーモンのラフとされる「グレターデーモン」が掲載されている。
…言われてみればアークデーモンの要素がある気もするのだが、上の「グレーターデーモン」のほうが明らかにアークデーモンに近い。画風もこの2種で違うようであるが…?

これは回答がある。
先のWiiドラゴンクエストに同梱されていたファミコン神拳奥義大全書 復刻の巻」、これ自体は主に過去の文献の再録本であり、87年の「特別編ファミコン神拳110番」の再録ページに鳥山明のインタビューがあった。

>デザインといっても、まるっきし白紙の状態から考えるわけじゃなくて、
>モンスターのアイデアは宮岡さんが作ってくれたのだけど、よくできていたので、意外と楽チンでしたよ。

つまり、ドラクエ2のラフは宮岡寛が描いていた可能性が高い。そういや「グレーターデーモン」、そのままメタルマックスに出てきそうな顔してる。
しかし、じゃあこの堀井さんが描いた「グレターデーモン」は何者なのか。これは別の何かのラフと間違えてるのだろうか。こんな獣めいた悪魔モンスターは、アークデーモン以外記憶にないが…
もしかしたら、これをもとに宮岡氏が描き直したのが「グレーターデーモン」か?

正直なところ、宮岡氏がドラクエ2のモンスターを描いてたなんて話はこれまで聞いたことがなかった。この87年のインタビューも偶然見つけたがまったく記憶にない…
だがこの証言からは宮岡氏が描いているとしか思えない。
もしかしたら、ドラクエ2では宮岡寛を通したことでラフが変化していて、そのことを96年時点で堀井さんが知らなかったのだろうか?

そういや「DRAGON QUEST MONSTERS」の対談では、キラーマシンのラフについても気になることを言っている。

>[鳥山]基本的にはそんなに変わってませんよね?
>[堀井]一番意外だったのが、キラーマシン。僕は、「機械」という風に発注した覚えがないんですよ。

鳥山先生はあまり変えてる自覚がないというのだが、堀井さんは機械のモンスターを発注していないという。
いやしかし、そもそもドラクエ2のモンスターは宮岡さんが描いてるのではないか?がらんどうの鎧をモノアイつきの機械兵士にしたのは本当に鳥山明なのだろうか。

残念ながらキラーマシンのラフは本書にもWiiドラクエにも収録されていない。本書に収録されているうち、2のモンスターと思われるラフはグレターデーモン(アークデーモン)のみ。
いっぽうWii版に収録されているのはバブルスライム、スラグ(おおなめくじ)、マミー、ミミック、ドラゴンフライ、オーク、ジャイアントA(フレイム)、ジャイアントB(ギガンテス)、グレーターデーモン(アークデーモン)、レッサーデーモン(シルバーデビル)で、いずれも製品版に原型がはっきり残っているほどデザインがしっかりしていた。この全てが宮岡寛の作なのか、堀井さんの描いたものも混ざっているのかは、よくわからない。全部宮岡さんのような気はする。

とりあえず言えるのは、ドラクエのモンスターデザインについてネットに書いてることでは情報が不足してる感じがするなあということである。