神殿岸2

2と言っても実質1.5みたいなもの

ゲーム「エンブレム オブ ガンダム」

EMBLEM of GUNDAM(エンブレム オブ ガンダム) ニンテンドーDS 2008年

発売当時「シャアは愛の人である」などのタガの外れたテキストで話題になったゲームである。分類するなら限りなくクソゲーに近いが、実はあなどれないぞ。

手を出した動機だが、このゲームはちゃんと偉い人たちの監修を通ってるはずなんである。いろいろ噂は聞き及んでいたが、実際アウトな設定はどこまで表に出せるのか? という目安になるかと思ったのだが、なかなかどうして、結構ためになるゲームだった。
プレイ感想はtwilog#sibagun というハッシュタグに書いてた。

ゲーム内容は、歴史家の視点で一年戦争からグリプス戦役までを追っていくというもので、ザンスカール戦争より後の歴史家の視点なので、IF展開は無し。問題はこの「歴史家」の視点が非常に独特……というか変である。
愛の人のくせに手柄を独占するのが得意なシャア・アズナブルという人物像、スレッガーに殴られるカムランを見て内心「いいぞもっとやれ」と思ってたブライトさん、ジャブローは急造の囮基地であるという説、シロッコティターンズにガンダリウムγを持ち込んだという新設定、ギャプランはドム系との論、ハマーンの姉はドズルの愛妾ではなくゼナ本人であるという考察。一般的じゃない解釈ばかりだ。むしろ既存のガンダム本に載ってるような記述のほうが少ないんじゃないか。

そんなふうにツッコミどころがいくらでもあるんだけど、私が見た限りで当時の設定に抵触する記述はほとんどなかった。あからさまにおかしい「解釈」「説」が頻繁に出てくるにも関わらず、当時の「設定」と致命的に矛盾している箇所は、おそらく無い。
現在ネット上にあるこのゲームの論評で、このゲームの明らかな矛盾を指摘しているものはないと思う。だって「説」なら珍説でもおかしくないんだから。あるいは間違っているとしても、指摘自体が長文化して面倒なレベルの問題しかないと見る。
(自分が違うと気付いたのはガンダムMK-IIの装甲がルナチタニウムって設定くらいか。だけどこれも私が知らないだけで、古い資料のどこかに書いてあるんじゃないかと予想している。
他にはオークランド研がオーガスタ研と同一という恐ろしい記述もあったが、これは当時の資料でもアウト寄りだがギリギリOKくらいと見る)

思うに、ありきたりな解釈をよく知っていて、わざと回避してるように思える。おそらくこれの作者はガンダムに詳しい。知った上で、読む人を幻惑……じゃなくて、「ありきたり」に飽きた人たちが面白がるように新説を書いてきてるのだ。
毎回「ガンダム大地に立つ」をやらされることに飽き飽きしているプレイヤーに対して、「ガンダムを立たせる前に一人の少女を立たせている」という一文を入れるのは、これは面白いだろう、どう考えても。
時には連邦空軍が出てこない理由とか、一年戦争時のホンコンの様子とか、ルナリアンの独特の価値観とか、既存資料でほとんど触れていない部分に脱線もする。ネタ抜きに面白い解釈も多く、真面目に一読の価値あり。
文体が少々砕けすぎてるのさえ気にしなければ、これは面白い。

開発途中は司馬ガンなんて呼んでたらしいが、司馬遼太郎と違うのは、こんなゲーム買う人はある程度ガンダムに詳しい人だよねーということで、作者もその人向けに作ってる。
作中にはドズルが三男であることをいぶかるくだりがあり、この歴史家は変なことに詳しいくせにサスロ・ザビのことを知らなかったりするのだが、これもサスロの設定は裏設定にもあるかどうか怪しいので知らん振りをしていると考えるべきなんであるが、ともあれ詳しい人が読むと「何でこいつサスロ知らねえんだよ」となってしまう諸刃の剣。
Z編なんか小説版ベースにセンチネルとAOZの設定まで拾ってるようなのに、なんで一年戦争編ではサスロ無視しちゃったのかは確かにちょっと謎ではある。
バスクが戦争を経験していないという説はブレックス回顧録の誤り、という話も出てくるが、この指摘自体が小説版を読んでることが前提で、高度である。こういうところが評価されてないのは不思議。

純粋にゲームとしては難がある。SLGパートと文章パートが噛みあってなくていただけない。戦闘結果の計算式が見えてこない上にランダム要素が強く、どうも熱心に戦術を組み立てる気がしない。
必勝法はあって、編成コマンドで一部隊に戦力を集中すればほぼ無敵になるので、その死神部隊の編成までの1ターンの間に勝負が決まると言ってよい。たまに1ターンの間に大ピンチになるステージもあるんで、そういうところは詰め将棋的になるが。
けっきょくSLGとしては独特なだけで、あえてプレイするほどのものとは言いがたい。
しかしゲームなので、文章だけ読みたいと思ってもそれができない。各ステージに2種類のテキスト分岐が用意してあるが、違う文章が読みたいと思ってもリセットしてステージの最初から読み直すしかない。メッセージスキップも速くない。つらい。
これどう見ても文章がメインのゲームなんだから、テキストだけ読めるモードが、せめてステージセレクトつけるべきだった。面白いステージだけ保存しておこうと思っても、分岐ステージの保存だけで手一杯でセーブデータ8個じゃ全然足りんぞ!
それからニンテンドーDSの字数が少ないので、改行がやたら多い。文章が主体のゲームなのに全体的に読者にやさしくない。

設定の矛盾は避けなければならない。だが行間を大幅に埋め、ときには「定説」から大きく外れた独自解釈は出してもいいということが証明された。少なくとも2008年の時点ではそうだった、と。
シャアは愛の人で、ガトーは怨念しか語ってないことを自覚していて、ギャプランはドムで、サスロ・ザビの記録は歴史上に存在しない。
何も問題はない。マイナー設定を掘り出すばかりで新説の出にくい不自由な設定主義、ありきたりなキャラ像に凝り固まるよりは、自由に設定を追加したり、新しい人物像を見出したりするほうが楽しいじゃないか。
ガンダムまだ自由じゃないか!

これを楽しいと思うガンダム好きは多少屈折してる人で、だから売れなかったんだろうなと予想はできる。その人たちにしろ恐らくあまりプレイしていないので、もったいない。
昨年話題になった小太刀右京先生が関わってることで(Z編全般のシナリオを手がけているとのことです)、このゲームも微妙に話題になったりしたので、まあこれをきっかけにプレイする人が増えれば面白いかと思う。
良ゲーとして評価しろという意味ではない。でもこれは読み方さえわかれば面白いよ。