神殿岸2

2と言っても実質1.5みたいなもの

レーシングラグーン ファンブック GALE A MOMENT

プレイステーションソフト「レーシングラグーン」は1999年6月10日に発売された。
現在でこそポエムゲーとしての評価を確立しているが、当初はあの強烈なシナリオ部分に突っ込んだレビューがされておらず、正しく評価されていた記憶はない。プレイした一部の人間がどうもおかしいと気づき、口コミで広がり始めるまでに一年くらいかかってたようだ。
そんなレーシングラグーンのわずかに存在する関連商品としては「横浜最速攻略本」「サウンドトラックCD」そして「ファンブック」の三つがある。
これらを三種の神器と称する。(ちなみに僕もサントラは持ってない)

レーシングラグーン ファンブック GALE A MOMENT」は、1999年7月15日に、故デジキューブより発売された。
当時あった公式の紹介はこうだ。

デジキューブ公式サイトのアーカイブ
「男は何故、スピードを求めるのか?」速さにひかれた男達のエピソードがちりばめられた「レーシング ラグーン」ファンなら当然のこと、車好きにもたまらない、魂のこもった熱い一冊。[徹底取材]フォーミュラニッポンGT選手権で活躍する2人の現役レーサーが語る。伝説は栄光へのプレリュード~脇阪寿一選手インタビュー~最速の彼方を目指して~金石勝智インタビュー~

……これ、ゲームの話載ってるの?
旧スクウェア時代のレーシングラグーン公式サイトでも、本書の存在に一切触れていない。
あまりにも中身がわからなすぎて心配になってくる。この発売から18年が過ぎ、デジキューブも旧スクウェア公式サイトも死に絶えた現在も大して変わっておらず、本書の中身は実際に読んだ人以外ほとんど知らないのではないかと思う。
ここではっきりさせておくが、本書はちゃんとゲームの話が載ってる本である

本書はレーシングラグーンの裏設定を載せている貴重な資料であり、スタッフインタビュー集でもある。
公式の紹介文だとゲームと無関係な人がインタビューを受けてる本にも見えるが(そういうタイプの「ファンブック」もまれにあると聞く)、そんなことはない。
……ただ、公式の紹介も間違ってるわけではなく、ちょっとばかりゲームと無関係な人のインタビューも確かに載っている。

ここではゲームと関係ある部分から紹介してみたい。

・キャラクターインタビューと裏設定の数々

一連の「横浜最速伝説」に関わった人物を追う記事という体裁で、登場人物のインタビューが載っている。答えているのは赤碕翔、藤沢一輝、難馬恭司、山田健三、鈴木由佳、辻本アキラ、沢木誠。
赤碕と藤沢先輩はエンディング後のインタビューであるが、正直ゲームクリアした人間がうれしい情報はあまりない。横浜最速の男の正体を明かす赤碕さんにインタビュアーが絶句するところは背筋が痒くなる。
またエンディング時点で2名ほど向こう側に行っているが、彼らはこっちにいるうちにインタビューしたという設定になっている。故に大した情報もない。

むしろ他の名有りキャラクターのプロフィールが一通り掲載されているのが大きい。フレディが心理学を専攻する大学院生という設定は「横浜最速攻略本」にも書いてあったが、ファンブックではインチキ日本語がわざとであることも書いてある。矢吹天成が高橋の行方不明の友人であるという重要な設定もあるし、トゥルースとフレディが知り合ったのはソルトレークシティドラッグレースであるとか、ラッシュは製薬部門で東洋生薬に造詣が深いといったマニアックな話題、木下がタレント志望であるなどのどうでもいい話まで出てくる貴重な資料である。
ちなみに赤い三連星の得意技は高速域でライバルをパスする「ジェットスラロームアタック」。ストーリー上で一切語られないが9th Night以降出てこないのは事故死したためである。重い。

・やり込みの話題

なんでも、「確認している限りでは、400km/hは出せるはずです」。とインタビューで答えた開発者がいたらしい。それで本書のスタッフが最高速チューニングに挑戦している。
このゲーム終盤までやった人は知ってるだろうが、まともにやっても300km台がせいぜいで、普通は400出るマシンは作れないのである。それで本書のスタッフもまずそこで行き詰っており、最強レベルのScuderia12(フェラーリ)のエンジンをチューニングしたマシンで356kmしか出なかったと書いている。
次に軽量化など徹底的に見直すことで395kmまでは上がったものの、400には到達できず、エンジンもこれ以上のものはない。どうすればいいか?
本書のライターはこう書いている。

昔どこかで読んだクルマ雑誌のインタビュー記事の一節が、まるで天啓のように閃いた。「最高速を極めようとしたら、最終的にはタイヤ1回転あたりでどれだけ進むかという話になってくるんですよ」

タイヤのデカさが重要だったのだ!
このゲームはそんなところをリアルに計算してた!
というわけでタイヤがデカくてバスに比べれば軽い(でも普通のシャシーよりは圧倒的に重い)Elephantのシャシー「type-ELE2」を使うことで、本書では428km/hを達成している。
この挑戦はWanganで行われているが、これより長い直線が続くコースがないため、実際に同じ構成で試しても420くらいが限界である。本書にも直線が長ければ記録更新できると書いてあるのだが、最高速に到達する前にコースが終わっちゃうのだ。428は本書で確認した最大値に過ぎない。
しかし…どうなんだElephant(でかいSUV)って?
でかいタイヤを持つという理由だけで選んだでかい車のシャシーに、フェラーリのエンジンを載せて湾岸線を爆走…最高速チャレンジというのは走り屋とは別の人種であるということをある意味表現できているのかもしれない。

このほか、性能重視や最重量バスなどのネタ装備を含む、いろんなマシンコンプリートの紹介が4ページほど。75トンのバスが走るってのは本当にリアルな計算なんだろうか…?

・開発者インタビュー

ゲームの開発者のインタビューもちゃんと載っている。
特筆すべきはやはり河津秋敏インタビューがあることだ。あまり河津ゲーという認識がされていないレーラグだが、プロデューサーの立場でレースとドラマの融合が上手くいったとか、自分が体験版のラスボスだったのに製品では酔っ払いに変わっていた話だとか証言している。
そして本書によると当時の神のリアル愛車はメルセデス=ベンツC280だ。いやそんな情報いらないよ!
他はディレクターの佐々木等、シナリオの鳥山求、プログラムの岩崎哲史、パーツやレース設計の藤田司、カーグラフィックデザイナーの細川順一郎、そして音楽の松枝賀子。
もちろん神以外のレーシングラグーン関係者のインタビューもかなり貴重。愛車も全部掲載されているぞ。
ディレクターの佐々木氏が語るのはレースゲームとRPGの融合という発端の企画と、『バハムートラグーン2』を作りたくてドラゴンの成長システムの延長からマシンコンプリートになっていったという話。そして作品を通して無謀運転を決して肯定しないという強い意思だ。
他にも各々のスタッフが、スカしたモノローグと失敗運転が重なるダサいリプレイや、ターボ8個という無茶ができる話など、いろいろ語っている。
この奇怪なゲームは基本シリアスな中でシリアスだけでやってるわけではなく、「笑い」もかなり意識されているということもわかるインタビュー集となっている。

・秘められた謎に迫る

いくつかゲーム内でわからない情報に触れているコーナーがある。

・キャラクターの昼間の仕事についてシナリオの鳥山求に質問したところ、彼らは昼間のことをあまり話さないらしく、鳥山さんも良く知らないとのこと。しかし藤沢だけは「彼はヒモ(たぶん)である」。知ってた。

・赤碕の初期マシン86-Levは藤沢から譲り受けたものだが、「G-4A F-SPL」のF-SPLというのはFUJISAWA-SPECIALの意。

・エンディングで触れられなかったキャラクターのその後として、超ちっちゃい描きおろしCG2点。
ひとつは虎口美春と、赤ん坊を抱いた椎名京香の絵。このふたりの関係はうまくいったらしい。
もう一つは沢木コーナーに花を捧げる三原葉子
…なんで本書のための貴重な描きおろしCGを、こんな幅わずか5cmの画像に凝縮してるのか。
よく見るとこの本には横浜の撮りおろし写真は結構あるくせに、描きおろし画像あんまりないな!

・ゲームと直接関係ない人たちのインタビュー

本書の結構な比重を占めているのが、上記のようなゲームの話題ではなく、ゲームと全く関係ない現役レーサーのインタビューである。
フォーミュラニッポン脇阪寿一選手(当時)はデビュー時からの思い出などを振り返っているが、そこにゲームの話はほぼ無しだ。ひとつだけ脇坂選手の友人の話として「ガードレールに車を当てながら曲がる」という危なっかしいテクニックの話題が出て、インタビュアーがレーシングラグーンでも使えるテクニックだと食いついてるくらい。
いや食いつくな。

同じくフォーミュラニッポン金石勝智選手(当時)のインタビューは、もっとゲームと関係ないが、インタビューとは別に数ページにわたって「トップレーサーに学ぶリアルドライヴィングテクニック」というコーナーがあり、金石選手のリアル助言が藤沢一輝の助言とともに展開される。
「この『レーシングラグーン』では実際のクルマの動きをシミュレートしているため、現実のテクニックが生きてくる」だと。
まあコーナーの減速とかライン取りとか実車でもゲームでも有効なテクだろうけど…

3人目が、表紙にもなっている「レーシングラグーン号」、またの名を「モンスターR号」のチューンを手掛けた「MOVE」の山田学さん。まだ前の二人に比べれば、ゲームのプロモーションに関わってるだけ意義のある人物だ。
この方は故人とのことである。
いろんな噂があって、僕には詳しい事情が明確でないのだが、このインタビューの数年後の2002年に亡くなったことは事実のようだ。死因は明かされていないが、関係者の方が追悼式の様子をウェブサイトに掲載していたことを確認している(現在は消滅して掲示板だけが残っている)。
スクウェアからオーダーを受け、当時GT-Rとしては最速だったというデモカーをベースにさらなるチューンを施したモンスターR号。あえてナンバーを取得し、公道を走れるストリートカーとしたというこだわり。東京ゲームショーにも直接運転していったようだ。このマシンへの熱い思いが伝わってくる。
さらにインタビューに続き、「"モンスターR"製作担当監修 基礎から学ぶマシンパーツ講座」と題して、エンジンやシャシー、ターボやピストンといったパーツの役割を丁寧に解説してくれている。

モンスターR号の情報はネット上にもほとんど残っていない。
東京ゲームショウ99春で確かにレーシングラグーン号が展示されていたという情報はあるものの、それがどういった展示だったのかろくに証言もなく、そもそもゲームショウでそのスペックが公開されたわけもないだろうが。本書にはそのレーシングラグーン号の姿が克明に記録されている。
故人の思いが伝わるインタビューがこうして本に残っていることの意義。その本が希少化してあまり読まれることもないであろうこと。
ゲームのプロモーションに実車を使うというバブリーなプロモーションのありようとか、このファンブックそのものであるとか、さまざまな思いがよぎる記事となっている。

総評。
本書はちゃんとした「ファンブック」だった。設定資料としての価値も高いし、スタッフインタビューも珍しいし、ゲームの外の人の声も載ってる。
しかし、このゲームは発売一ヵ月後にファンブック出すほど話題性はなかったはずである…
だからって発売半年後に出したところで、このゲームをやり込んだ本当の意味での「ファン」など大して見つからなかっただろうなあと余計なことを考えないではないのだ。
ファンブックとしているのも、ただの「設定資料集」として出すほど情報量が多くなかったからだろう。いろんな関係者や関係ない者の話で埋めた96ページで1200円…今見るとすごく安くて薄いな。横浜最速攻略本が同じ値段で、版は小さいけど倍くらいのページ数だ。
入手経路は覚えてないのだが、たぶん2002年くらいにどこか店頭に残ってたのを普通に見つけて買ったはず…

正直なところプレミア価格で買うには量的に厳しい本じゃないかなあと思うんだけど、ここにしかない記事のひとつだけでも読みたい人にとっては、いくらでも出せる本かもしれないとも思う。