神殿岸2

2と言っても実質1.5みたいなもの

鳥山明のドラクエ参加経緯に謎

あまり知られてないエピソードなのだが、

鳥山明ポートピア連続殺人事件をやっており、ゲーム作りに興味があった。堀井雄二がそれを聞いたことから、鳥山明ドラゴンクエストに起用されることになった」という情報が過去にあった。
ただし、これは後に堀井雄二が当時そう聞かされて信じていたが、事実ではなかった」ということが判明している。

前提として、このエピソードを紹介する文献自体が極めて稀で、後年の堀井氏の訂正発言のほうが多く見つかる。
だから、あまり知られてないのは当然の話で、通常は紹介しなくてもよいエピソードなんですわ。

それで終わればいいのだが…
これを意識して追っていくと、訂正情報のほうにも食い違いがあることがわかってきた。
見つけたのをまとめてみる。

  • 96年の堀井・鳥山対談

書籍『ドラゴンクエストモンスターズ』(1996年。2冊セットの厚い本)の2冊目。2ページ目から始まる堀井雄二鳥山明の対談の冒頭

>[堀井]10年ぐらい前、『DQ』を作り始めるときに、キャラの絵を誰に頼もうかという話を、当時鳥山さんの担当だった鳥嶋さんに相談したんです。そしたら、鳥山さんが『ポートピア連続殺人事件』をプレイして、興味を持って、ゲームの仕事をやりたがってると聞いて。

>[鳥山]それは、鳥嶋さんの騙しだったんですよ! ある日突然鳥嶋さんが、堀井さんが描いたラフを持ってきて「描け!」と。(笑)当時はゲームってものを知らなくて、一体どこに絵を使うのか、どんな風に描けばいいのかチンプンカンプン。とにかく堀井さんのラフを絵にすればいいんだ、って感じで描いていました。

本人の口から、これ以上ない明確な否定。
要するに鳥嶋和彦氏が堀井氏に誤情報を渡していたことであり、当時の鳥山明はポートピアというか、「ゲーム」をよくわかってなかった
後で紹介するドット絵のエピソードと合わせて、鳥山先生の言う「ゲーム」というのはファミコンに限らず、鳥山先生にはコンピューターゲームそのものの知識がなかったのではないかと、私は考えている。→2024年2月、末尾に追記しました。私はそう考えていたがそういうわけでもなく、しかし詳しいほうでもなかったようでした。

不明な点としては、鳥山先生は対談の前からこの誤認に気づいていた言い方にも見えることだ。
あるいは、堀井氏も対談の前に聞いていたのかも?
これらは確認のためにこの場で話したのか、それともこの場で初めて判明した事実なのか。そこは、不明。

  • 2003年 AERA dot.の堀井インタビュー

【独占】ドラクエ生みの親・堀井雄二さんが語る今後のドラクエと“遊び”「勇者の墓を作りたい」(2/4)〈dot.〉 | AERA dot. (アエラドット) (asahi.com)

>ある日、鳥嶋さんから「鳥山さんが、君の作った『ポートピア連続殺人事件』にはまっていて、ゲーム制作に参加したがっている」という話を聞いたんです。後から聞くと、鳥山さんはそんなこと何も言っていなかった(笑)。編集者として、鳥山さんに刺激を与えようとしたのかもしれません。

96年の発言と微妙に依頼経緯が違っているが、おおむね同じ内容か。

  • 2013年「黒川塾」の堀井発言

2013年「エンタテインメントの未来を考える会 黒川塾(十弐)」で堀井氏がいろいろ発言している。
このイベントのレポートは複数存在するが、うち3サイトで言及があった。

“黒川塾 十弐”開催 『ドラゴンクエスト』の堀井雄二氏が語る“人を驚かせる発想” チー○やス○マのお話も!? - ファミ通.com (famitsu.com)

>当時鳥山氏の担当編集者だった鳥嶋和彦氏(現・集英社常務取締役)から、鳥山氏が『ポートピア連続殺人事件』にハマっていて、ゲームを作りたがっている、と聞かされたからなのだそうだ。しかしじつはコレ、「だいぶ経ってから(鳥山氏に)聞いてみたら、そんなことは言っていないよ、と(笑)」(堀井氏)とのことで、鳥山氏は、『ポートピア連続殺人事件』にハマっていたのは事実だが、ゲームを作りたいとは考えていなかったのだそうだ。これについて堀井氏は、「でも、あれは恐らく、鳥嶋さんが、作家に新しい刺激を与えようと考えたんでしょうね」と説明。

人を驚かせる発想と究極のユーザー視点--「ドラゴンクエスト」堀井雄二氏のゲームの作り方 - (page 2) - CNET Japan

>鳥嶋氏が、鳥山氏が「ポートピア連続殺人事件」にはまり、ゲームを作りたがっていると聞いて依頼をしたという。しかし、しばらくして堀井氏が鳥山氏に確認したところ、「ポートピア連続殺人事件」を楽しく遊んでいたのは事実だが、ゲームを作りたいとは言ってないとコメントされたとのこと。堀井氏はあくまで推察と前置きしながら、おそらく鳥嶋氏が新しい刺激を与えたくてそのようなことを考えたのではと語った。

堀井雄二氏がゲームデザイナーとなったきっかけや,「ドラゴンクエスト」のゲーム作りを語る。「黒川塾(十弐)」聴講レポート (4gamer.net)

>鳥嶋氏から「鳥山さんが『ポートピア連続殺人事件』を気に入って,ゲームを作りたがっている」と聞かされた堀井氏は,鳥山氏の起用を決める。しかし,その後,鳥山氏自身に確認したところ,「『ポートピア』はプレイしたが,ゲームを作りたいとは言っていない」との返答があったそうだ。堀井氏は「鳥嶋さんは,鳥山さんに刺激を与えるために新しい分野の仕事をさせたかったのだろう」と分析していた。

おやや?
3つのレポートの内容は一致しているが、過去の情報と矛盾している。鳥山先生はゲームを作りたいとは言ってなかったが、ポートピアはハマっていたことになっている。
鳥山先生から直接聞いた話になっているが、時期は不明。「だいぶ経ってから」?

ちょっと前に書いた記事で触れた『ファミコン神拳』2016年の復刻版のインタビューでも言及している箇所がある。

堀井雄二の単独インタビューの114ページ

>堀井 鳥ちゃんから「鳥さん(鳥山さん)がやりたがってる。『ポートピア』にはまってたみたいでゲームの仕事をやりたがってる」って聞いたのでお願いしてみたんだよね。でも、あとで鳥山さんに聞いたら「いやそれは言ってないよ」って言われたの。あれは鳥ちゃんが担当してる作家さんに新しい刺激を与えようと思って「やったら?」と話を持ちかけたんだと思うよ

どこまでが「言ってない」の範囲なのか、どこかで記憶違いが起きてる?

このエピソード、堀井氏は他でもたびたび言及してるようだ。そして毎回鳥嶋氏に対するフォローも入れている。
ところが2016年の本書では、鳥嶋氏もこのエピソードに言及していて…
単独インタビュー73ページ。実はドラクエより前に、鳥嶋氏は83年に鳥山先生にシーラカンスを食べさせる記事というので堀井氏と引き合わせていたらしいのだが。
それはともかく、その後のドラクエの依頼経緯について。

>鳥嶋 鳥山さんは記憶にないと言うんだけど、ゲームが好きだしキャラクターを描くのに興味があると聞いていたからね。

んんん?
これマシリトは当時から今まで、素で誤解してるんじゃないのか?「聞いていた」とは、いったい誰からだろう…?

大いなる疑問が生じたところで、次いってみよう。

ロールプレイングゲームサイド Vol.2で鳥山先生について言及している箇所があった。hally(VORC)氏による記事CRPGモンスター辞典 スライム」
138ページ
スライムのデザイン経緯について、ドルアーガの影響を受けたとの推測が書かれているのだが、

>堀井氏と鳥山氏は当時ゲームセンターが大好きで、鳥山氏上京の折には一緒に朝までゲームセンターに行く仲だったという。

これのソースはゲームセンターCX #106『ドラクエ』を創った男 堀井雄二スペシャル」(2010年放送)とのこと。
番組でこのように言ってたのだろうと思うが、私は確認してない。当該の回がレンタルにないっぽいのと、配信されてるのかどうか、調べてもよくわかんなかったので…
だが96年の対談を信じるなら、鳥山先生はそもそもゲームをわかってなかったはずである。もちろんドルアーガもだ。ドラクエ後ならともかく、それより前にゲームセンターに行くことなど、あったのだろうか。
追記:あったらしい。詳しくは最後に追記。

対談のほうが間違っている可能性はあるだろうか?
マシリトの言う通り、鳥山先生の記憶力を信じていいのかという問題は確かにあるが、いやしかし、何だかんだで鳥山先生もいろいろ覚えてる人だし「ゲーム知らなかった」という記憶が後付けで発生することまでは、考えにくいのだが。
まさか対談の文字起こしが間違ってるのか?そんなことはないだろう…

やはり『ドラゴンクエストモンスターズ』の対談にヒントがある。9ページで鳥山先生は「ドラクエIはハマりましたね。」と言っており、これ以降のゲーム歴は存在することがわかる。

で、

>[鳥山]ドット絵になった自分の絵を見た後、自分の絵が画面に現れるということを考えて、モンスターのデザインをするようになった。それで、どうせドット絵で見えるんだから、最初からドット絵風に描いたらどうか? と考えて、IIのイラストをドット絵風に描いたことがあったんですよ!(笑)

こちらは有名なエピソード…なんだけど、これ初代じゃなくてドラクエ2の話なんですね。

掲載されているイラストも2のモンスターのガスト。ゲームそのものをわかってなかった鳥山先生が、ドラクエ1で初めて理解した結果がこれということになる。
このような配慮は必要なかったので、「堀井さんに「元の絵でいい」って言われ」鳥山先生もホッとしたというが。

ここで、さっき紹介した堀井氏の発言を見直してみる。
2013年の黒川塾4gamerのレポート

>そのほか,鳥山氏が最初はドット絵でスライムを描いてきたために,わざわざ普通のイラストに書き直してもらったというエピソードも披露された。

んんんん?

2016年のファミコン神拳のインタビューでも言及。
73ページ 鳥嶋氏

>鳥山さんはゲームの画面を意識して最初はドット絵を上げてきてくれたんだけど、

114ページ 堀井氏

>最初はドット絵で「スライム」を書いてきてくれたので、普通のイラストでいいですよ、と伝えたの。

2人ともドラクエ1の記憶になっているが、これはおかしい。現に物的証拠として2のドット絵が存在する。
鳥山先生がドットで描いてきて、そんなことしなくていいと伝えたのは事実だろうが、それがドラクエ1の記憶と混ざってしまっているのだ。

どっちかというと、この黎明期の経緯については、だいぶ後の堀井氏と鳥嶋氏の記憶のほうが怪しい。だから私は96年の対談のほうが信ぴょう性が高いと考えている。
おそらく、鳥山先生はゲームを本当に知らなかった。たぶん。
鳥山先生のドラクエ以前のゲーム歴について、伝聞以外のもっと確実な情報をご存知の方は教えて下さい。

  • 謎の情報源

最初に述べた通り、鳥山明がポートピアをやっていたという誤ったエピソードを紹介している文献自体はほとんどない。知る限りでは故・多摩豊氏の『テレビゲームの神々』(1994)という本だけだ。
現在では入手の難しい文献だが、大きめの図書館なら結構見つかる。

132ページにこうあった。

鳥山明は、ユーザーとしてファミコンのソフトを楽しんでいた。とくに「ポートピア連続殺人事件」には熱中しており、こういったソフトづくりになんらかの形で加わりたいという希望をもっていた。

堀井氏が聞いていたガセと同じことが、はっきり書いてある。

誤解のないように言っておきたいが、この『テレビゲームの神々』は、今見ても読む価値のある文献だ。良い本です。
ゼルダの伝説』の宮本茂、『ドラゴンクエスト』の堀井雄二中村光一、『桃太郎伝説』のさくまあきらの4名に焦点を当てて、ファミコンRPGの歴史を追う本で、堀井氏の初期の活動や80年代の背景なども伺えて興味深い。
まあタイトルに反して「テレビゲーム」全体を網羅してる本じゃないし、今の知識でざっと見ると少しは間違いも見つかるのだが、大きな不備はない、と思う。
鳥山先生のエピソードも、誤りと判明するのはおそらく96年。多摩氏がここで真実を知るタイミングはなかったはず。
だが…多摩氏はこの情報をどこから得たのか。おそらく確かな情報源はあったはずなのだが。

『テレビゲームの神々』今読んでも良い本だと書いた上で言うが、重要な問題もふたつある。
ひとつは94年の本なのに、ほぼ89年までの知識だけで書かれていることだ。
本文には桃太郎電鉄の話題が少し出てくるのと、ドラクエ3発売後の中村光一の振り返りくらいの時期で終わっており、SFC時代は飛ばし、エピローグ部分だけ最新ハードの登場する94年に飛んでいる。
発刊時点の多摩氏が、ドラクエ4以降の国内RPGを全く追っていないとは思えないのだが、中身はドラクエ3で止まっている。
経緯は不明。意図して89年までの内容にしたのだろうか。

もう一つの問題は、参考文献がひとつもないことだ。
本書には「鳥山明とポートピア」だけでなく、宮本茂ウルティマに触れていた、さくまあきらが新幹線殺人事件というゲームを作っていた、堀井雄二が「クエストロン」をやっていたなど、他であまり聞かないエピソードがそこそこ出てくる。(新幹線殺人事件は載ってる文献もあるらしい)
私は多摩氏の知識は信頼していいと思っている。ポートピアのエピソード自体は間違いだったが、堀井雄二は94年時点では信じていたはず。だからこれは、当時としては確かな情報だったのだ。
だから過去の本で堀井氏が語ったエピソードかと思ったのだが、堀井氏の著書のひとつ『虹色ディップスイッチ』には書いてなかった。

考えたのは、本書は明確に参考にした文献それ自体がない、これは多摩氏自身が取材したものをまとめた文献なのでは?ということだ。その視点で読むと、当事者から聞いたような語り口の部分がちらちら見当たった。
この本は、雑誌記事などの二次情報のまとめではなく、実は89年ごろまでに得た一次情報を中心に構成されているのでは…
内容の一部が『虹色ディップスイッチ』と一致していたのは確かなので、中には文献から得た情報もあるのかもしれないが。
それを私が識別することが難しい。

こう考えたのは、多摩氏の別の著書『コンピュータゲームデザイン教本』が似た体裁だったせいもある。こちらは多くの海外クリエイターへのインタビューから書かれた本なのだが、内容がそれぞれのインタビューとして一か所にまとまっておらず、得られた情報が本文のいろんな場所で登場するというものだった。

そのように想像しても、『テレビゲームの神々』は「これは本人から聞いた話」と明確に書いておらず、よくわかんないのです。事情をご存知の方がいれば、教えて下さい。

6月12日追記:鳥山先生のゲーム歴について、コメントで確かな情報を頂きました。
Dr.スランプ』9巻の描きおろしページにで、鳥山先生はゲームについて書いております。「自動車TVゲーム"ポール・ポジション"」というのをやっていたことを明かしています。また別のページでテーブル筐体のドンキーコングをやっていた様子を描いています。
その後、11巻のクイズ「すきな遊び」の回答が「TVゲーム」となっています。
鳥山先生は82年から83年にかけて、アーケードゲームにハマっていたことがはっきりしました。
情報ありがとうございました。

ただし、これらのページからは鳥山先生はアーケードゲームのことを「TVゲーム」と呼んでいたこともわかります。では84年以降ファミコンや、テレビにつなぐタイプのビデオゲームを知っていたかは…わかんない。
96年の対談で「ゲーム」を知らなかったというのは、ファミコンを知らなかったという言い間違いか、やはり記憶違いなのか…
仮にファミコンを知らなかったとしても、「TVゲーム」という言葉を使っていたことから、誤解されてもおかしくはないわけです。

もうひとつ追記。堀井さんと鳥山先生が最初に会ったのはドラクエより前のシーラカンスの記事(週刊少年ジャンプ83年32号)だと鳥嶋氏が伝えているところですが、『鳥山明 ドラゴンクエスト イラストレーションズ』によると鳥山先生もドラゴンクエストの依頼を受ける前に堀井さんと何度か会っていたことを書いていました。
ということは、鳥山先生が堀井氏とゲームセンターに行っていたというのもドラクエより前の話なのかもしれません。

まだ不明な点もあるため、引き続き情報収集していきたいです。

2024年2月追記

2023年の書籍『国産RPGクロニクル』の281ページ、鳥嶋和彦氏のインタビューで言及がありました。「ゲームをやってなかった」という発言を鳥嶋氏が認識しており、しかしスパルタンXをやっていたからファミコンのことも知っていたはずだと鳥嶋氏は言っております。えらく具体的なタイトルが出てきた。
スパルタンXは1985年6月発売で、ドラクエの開発スタートが85年末だから、鳥嶋氏の言う通りだとしても、ドラクエの依頼後に買ったファミコンでやっててもおかしくないラインだ…

しかし、もう少し調べたところ、もう少し明確な情報を発見できました。『広告批評1987年7月号』。12ページにドラクエ2発売後の鳥山明のコメントが掲載。

>いままで自分でプレイしたことがあるのは「ゼビウス」「スパルタンX」、それと「ドラゴンクエスト」ぐらいですね。ええ、そんなにはやってないんです。

これではっきりしたが、鳥山先生はゲームを知っていたし、ファミコンもやってたが、詳しいほうではなかった。ポートピアもやってない。やってたのはスパルタンX。このインタビューでマッスルタワー(86年初頭あたり)の内容に影響を与えた可能性を本人がコメントする程度のハマり方だった。
96年の対談でのゲームを知らなかったという発言は、スパルタンXのことを忘れてたんでなければ、「ゲームは知っていたけど詳しくわかってるわけではなかった」という程度の意味なのだろう。タイトルも鳥嶋氏の記憶とあっており、87年のインタビューの信ぴょう性は高いと考える。…ドラクエ参加前後のどっちで買ったかは、わかんない。ゼビウスがあったならドラクエ前の可能性がやや高い。
これ以上はおそらくわからないでしょうが、十分な情報は集まったと思います。追記おわり。

書きそびれていたことがあるので、もう一個追記する。
鳥山明 ドラゴンクエスト イラストレーションズ』には上記ガストのほか、ドット風で描かれた王子たちのイラストも掲載されていて、最初のスライムだとする堀井さんの近年のインタビューと矛盾しているのだ。巻末解説でも、こうしたインタビューがあることを書いている。

しかし、この本が出た以降も、堀井さんは最近のラジオ等でこのエピソードをスライムのこととして語っており、鳥嶋氏もそれに合わせている。2人ともこの本を読んでないのだろうか?
あるいは、二人とも記憶は合ってるのか?
つまり、鳥山先生はドラクエ1でドットのスライムを描いてそれはダメ出しされたけど、懲りずにガストでリベンジをしたと…?
いやさすがにそれはおかしい気はする。

ただこの件を取り下げる様子がない堀井さんたちの記憶、そんなに間違ってない気もしてきたのは、そうだ。ドットのスライムの原画は確認されていないが、それ自体は鳥山先生がどこかでデザインとは別に描いてたのかも…
それとも、開発現場などで描かれたドット絵を間違えて記憶してるとか。もうちょっと詳しく思い出してほしいところであるというところで追記2終わり。