神殿岸2

2と言っても実質1.5みたいなもの

トゲアリトゲナシトゲトゲは実在するという話のメモ

ちょっと前に香川照之が宣伝してたやつを見てきましたよ。国立科学博物館の特別展「昆虫」。

15364945700.jpeg

15364946070.jpeg

トゲアリトゲナシトゲトゲを、この名前できちんと展示したのは初めてじゃなかろうか。
もっとも俗称だって書いてあるけどね。

15364945900.jpeg

でもこれトゲあるかなぁ…?

15364946230.jpeg

ちなみにこちら「小さくて変わった甲虫」コーナーにあった。丸山宗利先生の提供のようだ。

ちょうど同じころ、NHK「日本人のおなまえっ」の8月16日放送回でも「トゲアリトゲナシトゲトゲ」についての話題を扱ってた。
NHK国立科学博物館も認めた以上、やはりトゲアリトゲナシトゲトゲは実在するのだ。

はじめに

この記事は大変長くなるので、最後まで読むのが面倒な人のために、要点だけ雑にまとめておくことにする。

・ 一時期実在しないとネットに書かれていたトゲアリトゲナシトゲトゲは実在する昆虫である。
・ ただし、ちゃんとした和名ではなく、俗称だと思われる。
・ しかし、とにかくこの呼び名で呼ばれる虫は実在している。
・ そして俗称としての定着度は不明だが、十分信用のおける昆虫研究者もこの呼び名を使用している。

…このへんは、よそのサイトの記事でも同じようなことが書いてあるのでだいたい知ってるでしょう。
僕はその「よその記事」を書いた人間のひとりでもある。だが僕の考えでは、

・ 実在はすると言えるが、そのことを気軽に言える種類のものでもない。

こうである。
なんでそう思うのかは以下のメモを最後まで読めば理解できるようにしたつもりだが、保証するものではない。
よくわからないなら「軽率に広めるな」と僕は忠告する。

※9/12 「和名」について池田清彦氏の発言を受け長い追記あり。

※2019年1月29日追記

間違い画像1

いまだに拡散されてる、この「トゲアリトゲナシトゲトゲの画像」についても書こうと思う。記事の一番下に追記。
ついでにこの記事を書いた後でテレビに出たらしい話も少し追記。

今から5年ほど前、トゲアリトゲナシトゲトゲの話が書かれた池田清彦氏の著書『不思議な生き物 生命38億年の歴史と謎』を手にしたのは全くの偶然だった。
トゲトゲというトゲのついた昆虫がいる。その中にもトゲのない種類トゲナシトゲトゲがいて、さらにその中にトゲのあるトゲアリトゲナシトゲトゲがいる。
へー。
その時の僕はハムシのことも池田清彦のことも知らなかったが、その本には「ベニモンホソヒラタハムシ」という名前で、他のトゲトゲ、トゲナシトゲトゲと比較する写真も載っていた。なるほど比較すると「トゲのあるトゲナシトゲトゲ」と言ってもいいような外見のようである。トゲトゲは全体がトゲでおおわれているがトゲナシトゲトゲは細くてツルッとしていて、トゲアリトゲナシトゲトゲはトゲナシトゲトゲにちょっとだけトゲがついてる。
進化の順番とは関係なく、見つかった順番で面白い名前になった。
まあそれだけの雑学である。

面白いとは思ったので、ネットでその虫のことを調べたら、実在しない昆虫だということになっていた。
写真があるのに?
どういうことが起きてたんだ?

ネットを見ると池田清彦氏のその本について書いているサイトは見つかったものの、実在しないと言われていることに同時に触れてるのはなかった。
ちなみにこの本、池田氏の別の著書『38億年 生物進化の旅』(新潮文庫)と混同しないように。
トゲアリトゲナシトゲトゲの話題と写真が載ってるのは『不思議な生き物 生命38億年の歴史と謎』(角川学芸出版)のほうである。

2013年ごろのネットの記述

僕はまったく知らなかったのだが、トゲアリトゲナシトゲトゲはデマであり、実在しない昆虫、だということを2007年ごろから長いことネット上で言われていたらしいのだが、実はそちらこそがデマであり、実在していると現在では考えられている。
ということが今のネットには書かれてる。
たぶんニコニコ大百科のトゲアリトゲナシトゲトゲからの受け売りも結構いるかと思われる。
その現在のニコ百の記事に「デマだというのがデマ」と書いたのが、別に専門家でもなんでもない僕だった。デマ呼ばわりする人も少なくなってきたので、そろそろ記述を改めてもいい時期が来てるかなとは思う。
しかし…僕はあの記事を読んだ人がそれなりに信じられるよう、そして疑いを持ったら調べることができるよう、ソースとなる文献も上げた記述にはしたつもりであるが、本当にそれを信じていいのか?
あなたたちは僕を信じるのか?僕は何の専門家でもないぞ?

今調べたところ、以前は実在しないと書いていたはずのアニオタwikiも書き換わっていて、ニコ百と現wikipediaを参考にしたっぽいが、参考文献はネットの記述を写してるだけでちゃんと読んでなさそうである。はっきり言えば、幾つか誤認と思われる記述がある。
実のところ、今読み返すと僕の書いた記事も結構怪しいところはある。今回は数年前にニコ百を訂正したとき以上にいろんな文献を調べまわり、まだまだ見識が浅かったことを再確認した。
いずれあちらも編集するかと思う。

トゲナシトゲトゲならわかるのか

これも言っておくべきだろうが、トゲアリトゲナシトゲトゲ以前に、普通のトゲナシトゲトゲは普通の昆虫図鑑には載ってない
いやもう「普通の昆虫図鑑」レベルだとトゲトゲ自体が載ってることのほうが少ないんじゃなかろうか。今回、普通のレベルを超えたブ厚い図鑑も何冊か調べたが、トゲトゲまでは載っているが、ハムシの中でもトゲハムシ亜科として分けて、さらにトゲナシトゲトゲの種類まで載せているものはハムシ専門の文献だけだった。
これはハムシという巨大なグループ自体あまり取り上げられない中で、トゲトゲというさらに小さいグループの話だということを、得意げに語る人たちはわかってるのだろうか?
あの人たちは昆虫図鑑を読んだことがあるのだろうか?トゲナシトゲトゲなら実在していると、なぜそこには疑いを持たないのだ?
トゲトゲが全長5mmとかの小さい虫だとわかっているのか?カナブンみたいな大きい甲虫だと勘違いしてないか?

トゲナシトゲトゲは国内ではかなり珍しい種らしい。たとえば『養老孟司のデジタル昆虫図鑑』(2006年)でオーストラリア産のトゲナシトゲトゲ(2本の大きなトゲがある種。これトゲアリトゲナシトゲトゲではないのか?)を取り上げているが、養老先生でさえも国産のトゲナシトゲトゲは標本でしかご存じないと書かれていた。
そして僕の話をするなら、トゲナシトゲトゲどころかトゲトゲの実物でさえ見たことがない。この記事を書いてる人間もそんなレベルだと思ってもらいたい。
でもトゲアリトゲナシトゲトゲの実在がどうこう言ってる人の95%くらいもそうだと思う。
国立科学博物館の展示で「トゲアリトゲナシトゲトゲ」と称するものを見た僕だが、他のトゲトゲは見つからず、関東産のハムシの標本が少しあるのを見つけたのみである。ほぼ視認困難に並んでた標本箱の山の中にはいたかもしれないが…

ちなみに養老先生の本には「ちゃんとトゲのあるトゲナシトゲトゲ」もあるという伝聞がちらっと書かれているが、それがどういうもんなのかはご存じなかったようで、トゲアリトゲナシトゲトゲという名前も書いてない。

安価な図鑑でもハムシの専門図鑑『ハムシハンドブック』なら国内産の4種のトゲナシトゲトゲについても少々書かれていたが、コラム的なページに載せているだけでメインでは扱わず、写真も国内産は2種だけだった。トゲアリトゲナシトゲトゲについては、そういうものが存在するという情報もあるという表現で触れるにとどめ、参考文献に池田清彦の著書を挙げていた。

実在性を確認できる文献

池田清彦氏の著者にはトゲアリトゲナシトゲトゲを小宮義璋先生(ハムシ屋の先生)と東南アジアで発見したエピソードと、トゲアリトゲナシトゲトゲ(ベニモントゲホソヒラタハムシ)の写真が載っていたが、どのような昆虫であるか詳しく書かれているのはこの本ではない。
最も詳しい情報が書かれていると思われるのは昆虫を3D化する特殊な撮影技法で知られる小檜山賢二さんの著書、写真集『葉虫』(2011年)だ。
こちらは池田清彦氏の著書より少し先に出ているのだが、実は池田清彦氏の著者に載っていた「ベニモントゲホソヒラタハムシ」の写真はこの『葉虫』に載っていたものの再掲である。

『葉虫』には虫の写真だけでなく、白黒ページにも解説があり、
トゲアリトゲナシトゲトゲが俗名であること、
トゲナシトゲトゲはトゲトゲと違い植物の葉鞘に潜り込むのが得意な種で、「トゲアリトゲナシトゲトゲ」はそれに近い姿であるが、羽根の後部にトゲがある(植物に潜り込むのに邪魔にならない)種類であることが解説されている。こういう習性の話は池田清彦の著書にも書いてなかった。
また写真を撮ったベニモントゲホソヒラタハムシの標本についての情報もあり、ついていたラベルは1981年のブラジル産であることを示していた。すなわち、トゲアリトゲナシトゲトゲは東南アジア固有種ではないのだろう。標本自体もかなり古いようだが、小宮先生が名前をつけたエピソードとどっちが先なのかはわからない。
またラテン語表記は「Chalepus sp.」とのこと。すなわちChalepus属の学名がついてない種、もしくは標本が未同定ということか。
このChalepus属については国内の図鑑ではさっぱりわからなかったのだが、かなり多彩な種らしく、英語wikipediaにも記事があるが、これだけで94種類も記載されている。国内産トゲハムシ亜科全種よりも遥かに多い。
この種をgoogle画像検索したところやはりトゲのない種類が多いようだが、羽根後部にほんのりトゲのついたものも見当たる。これが「トゲアリトゲナシトゲトゲ」なのだろう。
画像検索で出る種がベニモントゲホソヒラタハムシと同一種かは不明。似てはいるようだ。

ちなみに『葉虫』にはトゲアリトゲナシトゲトゲについてネットで騒がれているとも書かれており、「俗称としては架空でなく現存する」と明記してあった。小檜山先生は実在を疑われていることをご存じだったようである。

「日本人のおなまえっ!」

NHK「日本人のおなまえっ! いきものおなまえ夏SP」(2018年8月16日放送)でも池田清彦氏が出演してトゲアリトゲナシトゲトゲを紹介していたが、著書に書いていることほぼ同内容であった。紹介した写真も同じだし、追加情報としては小宮義璋先生の写真が出てきたくらい。
しかしNHKがトゲアリトゲナシトゲトゲを認めたのというのは、まあ無意味でもないのか?

おそらくちゃんとした和名ではない

『葉虫』には俗名ってはっきり書いてあるので、もうこれが結論でいいと思うけど。

どうも2007年ごろにネットでこの虫について盛り上がったことがあったらしく、実在性の否定についての情報もそのときにあったのだ。
『むしコラ』 トゲアリトゲナシトゲハムシって?
(2007年05月08日)>「トゲアリトゲナシトゲハムシ」という和名の昆虫はおりませんが、「トゲナシトゲハムシ」あるいは「トゲナシトゲトゲ」の和名は使われてきました。
そんな和名ないってさ。

回答は富山大学の鈴木邦雄先生。昆虫系の専門家で、特にハムシ科についての研究も行っている方だ。
この回答は信用がおけるものだった。2007年の時点ではちゃんとした和名ではないと言い切れた。
ていうか、今もそうだろう。ちゃんとした和名じゃないんだから、そんな和名の虫はいないって答えるのは特に間違ってない。

この回答は和名としての存在を否定しているものの、実在を明確には否定するものではないように見える。
そのような呼び方をする虫屋が一部にいたということを、回答している鈴木先生がご存知なかったというだけの話ではないだろうか。
鈴木先生の回答については、知らないだけで実在している可能性についても念頭に入れたうえで行った回答だと僕には受け取れる。
だが国内にいないということに関しては、どうやらその可能性が高い。
それに、この先生が知らないのだから、マイナーなのだろうとは言い切れる。おそらく2007年の時点では専門書レベルでもまず載ってないものだろうと。
このコラムと、ネットのいい加減な情報だけなら、トゲアリトゲナシトゲトゲの実在を疑うのは自然だったかもしれない。

だが、それから10年以上経った今でも鈴木先生が同じ回答であるかは定かでない。

「和名」とは何か

トゲアリトゲナシトゲトゲから離れるが、「日本人のおなまえっ!」ではウルトラマンボヤ(ホヤと表記することのほうが多い気がする)という有名なやつを紹介していたが、これは「※水族館などで使われている呼称です」って注釈を表示していた。
これはちゃんとした和名ではないのだが、どこからがちゃんとした和名になるんだろう。

別の場面で「魚の専門」という肩書で出演していた松浦啓一氏が「和名」というものについて説明していたが、要するに和名を決める機関はなく、図鑑や論文で学者が使いはじめて、定着することで初めて和名として認められる、という説明であった。
だが僕の理解では「定着する」ことの定義はない。
ちゃんとした和名とちゃんとしてない和名の違いは、載った図鑑の質による、だろうか?
たとえば『へんないきもの』みたいな本にしか載ってないようなもんは和名とは認められない気はする。

トゲアリトゲナシトゲトゲについては、池田清彦氏が真面目な論調であったし、俗称であることを示すキャプションもなかったのだが、思うにトゲアリトゲナシトゲトゲもウルトラマンボヤと同じタイプのものだろう。池田清彦氏や、発見したという小宮氏、標本の写真を撮った小檜山氏、これに追加して特別展昆虫の該当コーナーを担当した丸山先生、彼らのような一部界隈では通用する呼称だと言い切れるが、これが正式な図鑑などに載るかは別。
もっとも小檜山氏の『葉虫』は学名も載せてるし図鑑レベルの本であると思う。しかしこの本はトゲアリトゲナシトゲトゲを俗名と言っている。じゃあ正式な和名じゃないんってことでいいんだ。
水族館にこの名前で展示されてるウルトラマンボヤでさえ正しい和名じゃないんだとしたら、トゲアリトゲナシトゲトゲもそのたぐいのものだろうと考えられる。それもウルトラマンボヤよりも狭い世界でしか通じない、ささやかな俗称。しかし狭い世界でしか使われてないとして、しかしこの「トゲのあるホソヒラタハムシ」を話題にしてるのが狭い世界でほとんど全員なのではないか、という見方もある。

学名がちゃんと特定されてるウルトラマンボヤと違って、トゲアリトゲナシトゲトゲは単一種の呼称ではないようだ。トゲアリトゲナシトゲトゲは、トゲナシトゲトゲの中のグループ名。トゲハムシ亜科よりは下位分類だが、属をまたぐと思われる。あやふやな分類群である。
だから図鑑に載ったとしてもトゲアリトゲナシトゲトゲという名前で載らない可能性は高い。

だが、これは実在しないというのとは全く別の話だ。
ウルトラマンホヤは正式な和名ではない(らしい)が、ウルトラマンホヤはジョークであり実在しない」とか書いてる人がいたらバカでしょ。
トゲアリトゲナシトゲトゲも同じで、ちゃんとした和名とみなせるかは怪しいんだけど明らかにそれは実在している。
国立科学博物館もそれを認めているのだ。

ただウルトラマンホヤは多少ふざけた名前だしトゲアリトゲナシトゲトゲもふざけてないかというと、たぶんふざけている。
池田清彦氏は著書でもテレビでも真面目な論調で紹介してるのだが、発見した小宮先生が本当にふざけてなかったか、これの話をしている虫屋の先生たちが全員ふざけてないのかはわからない。

へんないきもの」がひどい

『またまたへんないきもの』(2005年)の40ページの「命名者出てこい!」というコーナーにトゲアリトゲナシトゲトゲという名前の甲虫がいると紹介されているのだが、
誰が命名したのかという具体的な話はもちろん、どこに住んでいるか、どのくらいの大きさなのか、写真もイラストも、その話の情報源すらも載ってなかった。
あまりにいい加減すぎる。
これは書き記しておくが、「へんないきもの」に載っていたことを理由に実在を疑っていた例を確認している。そりゃ疑うのも自然だ。このページにはこの虫の実在を示す根拠どころか、元文献を遡るための情報すら何もない
著者の早川いくを氏がネットか何かの情報を適当に書いただけというふうに見ちゃうのが自然じゃね。

実は早川いくをが参考にしたと思われる文献は確認されている。『虫の名、貝の名、魚の名―和名にまつわる話題』(2002年)。
この25,26ページにトゲアリトゲナシトゲトゲについての記事があり、東南アジアのトゲナシトゲトゲの中にトゲのある種類があることが書かれている。
それを愛好者がトゲアリトゲナシトゲトゲと呼ぶと書いてあった。つまり国産ではなく、ちゃんとした和名じゃないということも読み取れる。
知りたかったこと全部書いてあるじゃん!
※このページの執筆をされたのは高桑正敏さんでした。

『またまたへんないきもの』の巻末の参考文献をよーく見て見ると、この「虫の名、貝の名、魚の名」も上がっていたが、それがトゲアリトゲナシトゲトゲの件の参考文献であると特定する情報はなかった。
ちなみに参考文献としてネットのサイトも多数書いてあった。そんなレベルの参考文献をちゃんと確認する読者などいないだろう…

『またまたへんないきもの』は、トゲアリトゲナシトゲトゲがちゃんとした和名ではなく愛好者の使う呼び名に過ぎないことも、トゲナシトゲトゲに近い種であることも、東南アジアの種であることも、具体的な種名がわからない程度の情報しかないことも、そして参考にした文献がどれであるかも何も書いてなかった。
早川いくをが和名と俗称の区別がついていたのかすら怪しい。
これは参考文献からの雑な抜き出しをやったものだった。これじゃ読んだ人が疑うのも当然だ。
他の生物についても同レベルで書いたまとめ本というのが実態なんだろうなあ

なお、この『虫の名、貝の名、魚の名』はトゲアリトゲナシトゲトゲについて書かれている文献では把握している限り最も古いものだ。発行は2002年11月とされる。
ネット上でトゲアリトゲナシトゲトゲについて最も古い記述として発見されているのは、ほぼ日刊イトイ新聞の2002年11月15日の記事である。これが『虫の名~』を元ネタにした記述かは定かでないが、時期的にはありえなくもないようだ。
しかしもっと古い情報源もひょっとしたら存在するかもしれない。
とはいえ、真の情報源を特定する必要はあまりないかとも思う。不正確な情報が足されてデマに変貌するのは2005年以降だし…
9月13日追記 ニコ百の掲示板情報で2001年にはネット上で確認されていた。僕もその書き込みを見てたはずだが忘れてた。

また以前はトゲアリトゲナシトゲトゲは架空の昆虫だと書いてあったwikipediaだが、2009年に『虫の名、貝の名、魚の名』の記述については付け足されていて、記述は不正確なものの情報源として辿ることは可能になっていた。

wikipediaに書いてあったこと

ウィキペディア「トゲアリトゲナシトゲハムシ」の第3版(2007年4月)
には、トゲアリトゲナシトゲトゲについてこのようなことが書かれている。

>主に日本の本州と九州に生息している。
これがどこから来た情報か不明だが、大嘘である。『またまたへんないきもの』を含む文献に、国内に生息するという記述を僕は見つけていない。僕はこれをインターネットがいきなり追加した誤情報と考えている。(wikipedia初版より古い2005年には存在していたことは確認)
上記の通り、本当の情報源である本には東南アジアのものだとはっきり書いてある。またまたへんないきものには書いてないが。
……「トゲナシトゲトゲが」本州と九州にいるという旨の記述なら本によってはあるようなんで、それを誰かがちゃんと読まずにトゲアリのほうと勘違いしたのかもしれん…

>素人が発見したとしても外見的には普通のトゲハムシと区別がつきにくいため、識別困難である。
完全な事実誤認。
トゲアリトゲナシトゲトゲは、トゲナシトゲトゲの種であることも『虫の名~』に明記してあり、それが『またまたへんないきもの』には書いてないんだが、区別がつきにくいというガセまでは早川いくをも書いてないことである。区別がつかないというのはウィキ編者の思い込みだ。外見で識別できるから「トゲトゲ」とせず、別名をつけたのだという想像はできなかったのか?
まあ確かに写真も参考文献も見てもいないであろう人の描いた誤った想像図も出回ってますけどね。

>いくつかの書籍などで紹介されているが、信頼できる図鑑や学会報告などに実在が確認できないことから、 トゲナシトゲトゲから派生した空想上の昆虫ではないかとの説もある。
誰の説だ?
書籍や学会報告全部見て書いたか?いくつかの書籍って『またまたへんないきもの』以外のどれのことだ?

いや、これ書いたユーザーの当時のコメントをあさって見ると少しは論文やら昆虫に詳しい人に聞くなど調べたと主張しているのだが…
国内に産するとか外見が同じとか、調べる前提になる知識が間違ってるんだから正しい情報にたどりつけるはずがない。へんないきものにも書いてない誤った知識をどこで得たのだ?ネット?
最初からいないと思いこんでて、情報源も探さずいいかげんに調べて、雑に書いたんじゃないのか。

ついでに言うとこの第3版に書いてある「棘有棘無棘々」という漢字表記は書籍では見たことがないし(ネットにはあった)、もっと言うと記事名の「トゲアリトゲナシトゲハムシ」なんて表記自体も見たことない。
僕が見た範囲で、これを紹介している本では必ずトゲアリトゲナシトゲトゲとしていた。
※追記 10月に放送されたテレビ番組でついにこの呼称を使用する専門家が確認されたらしい。

もちろん、『またまたへんないきもの』が参考文献に遡れる書き方をしていなかったのも問題である。僕のような無関係な人間が偶然池田清彦氏の著書などに遭遇するなどしない限り、本当に調べようがない状態だった。
疑いを持つ姿勢は結構であるが、こんなレベルの低い独自調査をwikipediaに立項する必要などない。生息地と外見について、ネットの嘘を付け足してまで疑いを濃くする必要があったのか。
架空の昆虫カテゴリに突っ込んで、アントラーなどのウルトラ怪獣と同じカテゴリにする必要があったか。

トゲアリトゲナシトゲトゲと一部の日本人に呼ばれる昆虫は実在していると判断できる。
しかし、wikipediaに2007年に書かれた「国内の本州と九州に産する、素人には普通のトゲハムシと区別のつかないトゲアリトゲナシトゲハムシ」なる存在は虚構であり、そのようなものは実在しなかったとしか言いようがない。
この大嘘を鈴木先生の「国内に生息しない」という回答と組み合わせると、創作だって思うのも仕方ないが、実際はこれはwikipedia自体が創作だったからだ。自らウソを書いて、それは空想上の動物だと書いていたというのが真実だ。
これは低レベルな自演に等しい。そしてそれに釣られた人がよそのサイトに同じことを書いていく。
よくある話だった。
※この嘘混じりのwikipedia初版を書いたユーザーは自分は亜留間次郎だと名乗っており、商業ライターとしても活動している亜留間次郎氏本人のようである。

こんなのを参考に調査した人たちが自分のサイトなどでデマだって紹介するのも仕方ないことではないか…
だがこの記事はもうニコ百と共に修正された。これからはデマは消えていくのだ。トゲアリトゲナシトゲトゲはしょせん俗称にすぎないけどしっかり実在していて、これからは安易に広めてもいい雑学になるのだ。

本当にそう思うか。

国産トゲナシトゲトゲについて一考

参考文献を読むうちに根本的な疑問にたどりついた。
「トゲナシトゲトゲ」も正式な和名ではないのではないか?
これは先の2007年の鈴木邦雄先生の回答でも、そういう和名はあると言い切っているが…

完全に専門書である『日本産ハムシ類幼虫・成虫分類図説』(1994年)によると、国産のトゲハムシ亜科は外来種を含めて9属14種であるという。このうちトゲのないものは4種で、単純にこれがトゲナシトゲトゲという解釈でいいようだ。『ハムシハンドブック』でトゲナシトゲトゲとして挙げていた種と一致している。
こういう言い方をするるのは、この『日本産ハムシ類幼虫・成虫分類図説』に「これらがトゲナシトゲトゲ」という明記がなかったためである。
一覧を見やすくまとめるとこう。

本書は和名を「~トゲハムシ」で統一しており、トゲトゲという和名を使っていなかったが、さらに「トゲナシトゲトゲ」も「トゲナシトゲハムシ」も使っていない。
これらについて「近年ホソヒラタハムシと呼ばれるようになった」と説明しているインターネットもあるが、実際のところ遅くとも94年にはこの名前があった。2007年ごろの年季の入った虫屋の先生ならともかく、2018年の素人の僕から見てこれは近年と言えるほど新しい話ではない。
さらに言うと「ホソヒラタハムシ」以外も含むようである。これは2007年の鈴木先生の回答でも、話の起源に近いと思われる2002年の「虫の名~」でも「トゲナシトゲトゲはホソヒラタハムシになってしまった」という言い方をしているが、ホソヒラタハムシではないナガヒラタハムシ(キムネクロナガハムシ)もトゲナシトゲトゲである。それとも和名が違うだけでこれも「ナガヒラタハムシ」も「ホソヒラタハムシの仲間」に分類されるのだろうか。ナガヒラタハムシが外来種であることも関係しているかもしれない。
そのへんは僕にはわからないし、そこまで厳密に考える必要もない気がするが、とにかく正式な和名がホソヒラタハムシではないトゲナシトゲトゲは存在する。

少なくとも国内産のものに関しては、トゲトゲとトゲナシトゲトゲは属単位で別れるようだ。トゲナシトゲトゲはナガヒラタハムシ属、ホソヒラタハムシ属、オキナワホソヒラタハムシ属の3属に分類される4種すべてであり、同じ属の中にトゲトゲとトゲナシトゲトゲの両方が含まれるものはない。海外産を含めるとわからないが…
とりあえず国内の範囲では「トゲナシトゲトゲとは、トゲハムシ亜科の中の複数の属をまとめたグループの総称」だと判断してよいと思われる。
…これって「トゲナシトゲトゲ」もそれ自体は和名というより一部グループに対する通称であり、個々の和名としては近年ではなくずっと前から「ホソヒラタハムシ」と呼ばれてたんじゃないかという気がするのだが…
「キベリトゲトゲ」を「キベリトゲハムシ」と併記している例ならネットでも図鑑でも確認できたが、たとえば「タグチホソヒラタハムシ」を「タグチトゲナシトゲトゲ」と併記している例は見当たらなかったのである。だってトゲナシトゲトゲ自体図鑑に載ってないから。
94年より古い論文や文献には「トゲナシトゲトゲ」が、ちゃんとした和名として正式に使われているものが存在するというのだろうか?
僕にはわからない。鈴木邦雄先生はそういう和名があるとおっしゃるが、これこそ正式な和名ではなく俗称ではないのだろうか。
素人の僕はこのような疑いを持たず、鈴木先生を信じたほうがいいのだろうか。

またこれを調べてて思ったのは、2007年の時点でwikipediaを情報源にした場合、ネット民がトゲナシトゲトゲなら実在すると文献に基づいて言ってたとは思えない。
なぜトゲナシトゲトゲまでなら信じられた?ていうか、こんな呼び方してる専門家本当にいるの?確かめたの?
そこから疑うのが筋ではないのか。そりゃ上であげてきたように図鑑以外の一部の文献には載ってましたが、たぶん2007年の人たちそれすら読んでないでしょ。
僕が見たのよりもっと古い図鑑には載ってたのだろうか?それともネットでそういう言い方をしてるサイトがあったから…くらいの根拠だろうか。

まあ2018年の時点で集めた情報に従うなら、「トゲナシトゲトゲ」が正式かはともかく、そこそこ広く使われているのは確かなようであるが、これは「ネットに適当に書かれたことが偶然にも間違っていなかっただけ」というレベルの話と受け取るべきだ。
ちなみに2018年現在、ネット情報は完全に汚染されており、トゲナシトゲトゲについて調べてもいきなりトゲアリトゲナシトゲトゲの話してる連中ばかりである。
彼らは養老先生ですら捕まえたことないトゲナシトゲトゲについて何を知ってるというのだ。

トゲアリトゲナシトゲトゲの定義は?

上でも書いたが、ベニモントゲホソヒラタハムシなるものが属するChalepus属はかなり多彩な種類らしい。画像検索するとトゲのない種のほうが多いようだ。
この中でトゲのある種類がトゲアリトゲナシトゲトゲなんだと定義できるとすれば、「トゲアリトゲナシトゲトゲ」は属単位で区切れる名称ではなく、ひとつの属の中に「普通のトゲナシトゲトゲ」と「トゲアリトゲナシトゲトゲ」は共存する。

15364946070.jpeg

特別展昆虫に展示されていた個体はChalepusではなくOncocephalaだった。そして特定の種についた名前ではないという。
で、こいつがトゲあるか微妙だなあって最初の方で書いたが、この属で画像検索してたら他の属でもうっすらトゲの生えたような種の画像はちらほら見つかった。
トゲナシトゲトゲが属単位でのグループ名だという認識が正しいとして、「トゲアリトゲナシトゲトゲはトゲナシトゲトゲに分類される属の中でトゲのある種」であり、複数の属にまたがっているグループの俗称と判断できる。いやそれどころか同じ種でもトゲのあるなしの個体差があると想定してもいいかもしれない。
トゲアリトゲナシトゲトゲとは属単位で区切れるグループではなく、もちろんベニモントゲホソヒラタハムシ一種の名前ではない。
その理解でいいと思う。

「トゲナシトゲアリトゲナシトゲトゲ」について

池田清彦氏の著書に話を戻すが、実は『不思議な生き物~』には小宮先生がトゲアリトゲナシトゲトゲのさらに派生である「トゲナシトゲアリトゲナシトゲトゲ」も見つけたという話が載っている。
そんなものが存在しうるのだろうか?
これはさすがに池田氏も詳しくは書いていない(あるいは詳しく聞いていない?)ので、どのようなものか想像するしかないが…
※書き忘れ追記 池田氏の著書にはこれはニューギニアで見つかった種で、普通のトゲナシトゲトゲと違う形という程度は書いてあるが、『ハムシハンドブック』に載ってる範囲でもトゲナシトゲトゲと呼ばれるものも結構いろんな姿をしているようなので、そこらへんがどの程度違うのか想像しにくい。

さて、ひとつの属の中に普通のトゲナシトゲトゲ」と「トゲアリトゲナシトゲトゲ」は共存しており、「トゲアリトゲナシトゲトゲはトゲナシトゲトゲに分類される属の中でトゲのある種」だと僕は想定しているが、トゲアリトゲナシトゲトゲがどのような姿の虫か…つまり、羽根の全体ではなく、後ろのほうにトゲがあるというだけなのだが…はだいたいわかっているため、外見から定義することも可能だと思われる。ひとつの属にトゲアリトゲナシトゲトゲしか見つからない例もあるかもしれない。
では「最初にトゲアリトゲナシトゲトゲから見つかった属」があるとする。その同じ属に後から普通のトゲナシトゲトゲが見つかれば?
それは「トゲナシトゲトゲ」であるとともに、「トゲナシトゲアリトゲナシトゲトゲ」だとも言えるんじゃなかろうか。

実際小宮先生が見つけたものが何なのかはわからない。やはりトゲの付き方で呼び名を変えていたのかもしれないが、とりあえず僕は上記仮定により「トゲナシトゲアリトゲナシトゲトゲ」は存在できないわけではないと想定しておくことにする。
この想定が正しい場合、「トゲナシトゲアリトゲナシトゲトゲ」が最上位種(何の?!)であり、「トゲアリトゲナシトゲアリトゲナシトゲトゲ」は僕には定義不能であり存在しえない気がする。際限なく増えていくわけではないのだ。

…いや全部勝手な想像ですよ?!
でも現実的にはその順番で見つかっても単に「トゲナシトゲトゲ」と呼ばれるだろう。でもトゲアリトゲナシトゲトゲ自体が見つかった順番でついた俗称の話だから、絶対ないとは言えないでしょう。
これって元からその程度のゆるい話であって、「へんないきもの」の話じゃなかったんじゃないの?俗称なんだから。
まあ本当のところは小宮先生にしかわからない(池田氏の著書にも書いてあるが、かなり前に亡くなられているそうです)

実際のところ、トゲアリトゲナシトゲトゲなるものは写真を見ても僕には全く特別な甲虫には見えない…
普通のトゲトゲのほうがよほど特異な姿をしているように見える。

トゲハムシ亜科が存在しないとすれば

ここまで長々と続けてきたメモだが、最後に前提がぶっ壊れかねないことを書かなければならない。
どうも「トゲハムシ亜科(Hispinae)」ってのが最新の分類だと「カメノコハムシ亜科(Cassidinae)」と統合されてるらしいんである。

日本語wikipediaにはカメノコハムシ亜科は無効になり、トゲハムシ亜科の下に置かれたとあるが、その情報源は書いてない。
英語版のCassidinae(カメノコハムシ亜科)は逆で、トゲハムシ亜科(Hispinae)よりカメノコハムシ亜科(Cassidinae)のほうが命名が優先されてるようなことが書いてある。これは出典の論文があるっぽいが、やはりよくわからん。
なんとなく日本版のほうが間違ってる気がするが、国内の文献でひとつだけ見つけた。『世界甲虫大図鑑』(2016年)は、イネトゲハムシとキムネクロナガハムシをカメノコハムシ亜科として掲載している。
トゲハムシ亜科は、無い。英語wikipediaの記述を裏付ける。
そしてこの本の日本語版監修は、「特別展昆虫」でトゲアリトゲナシトゲトゲの展示に関わった丸山宗利先生なのである。

そういえばハムシハンドブックも必ずしも最新の分類じゃないようなことが書いてあった。トゲハムシ亜科(Hispinae)は伝統的分類であり、今後使われなくなっていくものかもしれない。
だから先ほど「トゲナシトゲトゲとは、トゲハムシ亜科の複数の属をまとめたグループの総称」という僕なりの解釈を提示したが、正確には伝統的分類におけるトゲハムシ亜科の中でトゲのないもの、であろう。
カメノコハムシ亜科まで広げると有名なジンガサハムシを筆頭に大量のトゲのないものが属しており、もちろんこれらをトゲナシトゲトゲだと考えるのは無理がある。

しかし…じゃあ伝統的分類のトゲハムシ亜科ってなんだ?
国内のものであれば94年の「日本産ハムシ類幼虫・成虫分類図説」に載ってるもの、で確定できるが、載ってないやつはどうなるんだ?
国外のトゲナシトゲトゲと気軽に言うが、Cassidinaeは、伝統的トゲハムシ亜科(Hispinae)に分類されたことがあるのかないのか確認してるのだろうか?

そこでトゲアリトゲナシトゲトゲであるベニモントゲホソヒラタハムシの属するChalepusの例であるが、英語wikipediaではCassidinaeの下のChalepiniという族に分類しているようである。
一応このグループがHispinaeとして分類されていたのは参考文献のタイトルを読む感じだと確からしい…たぶん…
ただ普通のトゲトゲの類はHispiniというグループ、らしい。Hispini族はどうもトゲナシトゲトゲも含むグループみたい?
国産のトゲナシトゲトゲがどの族なのか、伝統的トゲハムシ亜科は本当にトゲトゲの仲間と判断していいのか、逆に伝統的カメノコハムシ亜科の中にも実際には伝統的トゲハムシ亜科の仲間で、トゲナシトゲトゲに分類すべきものがいるんじゃないのか。
疑問は多数あるが、国内の文献には載ってなさそうだしどうやって調べるんだ?

おわかりだろうが、ここらへんで僕の調査能力の限界を超えてきた
ただ僕の認識では伝統的分類なんていつ崩れるかわかったものではない。「トゲナシトゲトゲ」は元トゲハムシ亜科だと考えられるが、カメノコハムシ亜科の中で細分化が起きていきなりトゲトゲと別の分類に切り離されたりしないと誰に言い切れるか。もしくはもうされてるんじゃないか。

…専門家ならそんなことはないと言い切ってくれるのかもしれないが、ド素人の僕に言えるわけない。
トゲハムシ亜科という分類自体の意味が崩れたら、それをカメノコハムシ系のジンガサハムシ他多数と区別する方法はなくなるかもしれない。トゲナシトゲトゲというのも昔トゲハムシ亜科だと思われていた古い分類のグループに過ぎないかもしれないとすれば、トゲナシトゲトゲという言い方自体も既に適切ではない可能性もあり、トゲアリトゲナシトゲトゲなんてものも存在するとかしないとか以前の問題である。

雑ではないまとめ

トゲアリトゲナシトゲトゲと呼ばれる種類の昆虫は実在していると考えられるが、正式な和名でもなく俗称であると判断する。
そして国内では今のところ見つかってないようだが今後見つかる可能性がないとも言えないように思う。見つかってないだけかもしれないし、外から入ってくることだってあるかもしれない。南米にもいるようだし、東南アジアだけとは限らない。
ただ小檜山先生の標本写真を使いまわしていることから、比較的珍しい種類なのも確かだと考えられる。

……。

実在していることは認めるとして、この呼び名が本当に適切なのかは別問題だ。
厳密にいえば、一部の愛好家や昆虫の専門家などからそのような呼び方がされている昆虫は実在している。だがこれは適切な俗称なのだろうか。
なんだよ「適切な俗称」って。そんな言葉初めて聞いたわ。

「トゲアリトゲナシトゲトゲ」は専門家ですら知らないやたら珍しい虫の話だ。東南アジアまで自ら取りに行った虫屋ならともかく、よく知りもしない人たちが面白がって名前だけ広めて回るのって、それは良いことなのか。
事実として、早川いくをがそういうことをやったし、どうやらそのせいもあって名前だけが伝わってしまった。「その分類から発見の経緯までわかる、理路整然とした隙のない名称ではあるが」などと偉そうに書いていた早川いくをがハムシの専門家でも知らない虫の実在など確かめていないことは明らかであり、しかも原書の情報を何もわかるように書いていなかった。
そして情報が不足しているので、ネットで誤った情報を盛られて実在しない生き物ということにされた。
情報元の本だけ読めば愛好者のつけた通称に過ぎないことも国内にいないことも、トゲトゲよりもトゲナシトゲトゲの側の昆虫であることも誤解なくわかる話だったのに、その本にたどりつけなかったのは早川いくをのせいである。だがなぜインターネットは話を盛ったのか。
あなたがたがネットで勝手に想像したトゲアリトゲナシトゲハムシはそりゃあ実在しませんよ。だってそれはハムシを知りもしない人の的の外れた妄想なんだから。
こういう愚を呼び寄せた原因…それは客を釣りやすい名称自体にあるだろう。

今も…
僕が最初に書いたと自認してる「デマというのがデマ」という話だが、それから数年、よそのサイトでは余計な尾ひれ、誤った情報が付け足されている。
たとえばアニヲタWiki(仮)の記事

>昆虫学者たちの間では東南アジアに生息する種として認められており、
そのようなことを僕は書いた覚えはないし、他にも書かれていないはずだが…
専門家レベルと言える人が存在を肯定している例は確認できたものの、こういう表現で明言をした昆虫学者(誰?)は見た覚えがない。昆虫学者たちに直接聞き取り調査でもなさった?
それにネットには今の今まで書いてなかったが、どうやら東南アジア固有種ではないようだ。これも間違い。

NHK番組「日本人のおなまえっ!」のSPで「変な名前の生き物」を特集した時には専門家の方がトゲアリトゲナシトゲトゲを紹介している。
池田清彦氏は気合いの入った虫屋ではあるが、ハムシの専門家ではなく、生物学者だが昆虫学者ではない。東南アジアに行ったときにこの件の発端に立ち会ったと主張しているだけである。
…念の為言うが、もちろん専門家でないから信用がおけないという話でもない。

>「ベニモントゲホソヒラタハムシ」というつまらない名前でも呼ばれることがあるとか。
なぜかこのようなことを書いてる人が異様に多いのだが、「ベニモントゲホソヒラタハムシ」はトゲナシトゲトゲというグループの一種に過ぎないと思われる。特別展昆虫の情報を併せても、同じ条件を満たすトゲナシトゲトゲは他にもいると考えられる。
よしんば現状でベニモントゲホソヒラタハムシ一種しか確認されていないとしても、今後新たに同じ条件の種が見つかったらそれはトゲアリトゲナシトゲトゲになるはずである。ベニモンだけで独占することにはならない。
そしてトゲアリトゲナシトゲトゲという通称がちゃんとした本に載ったとしても、やはり単一種の名前はベニモントゲホソヒラタハムシになるんであろう。

>そのため、「トゲアリトゲナシトゲトゲ」と「ベニモントゲホソヒラタハムシ」、どちらが和名になるかはこれから次第。
こんな無責任なことを書かれる。こんな短い記事によくこれだけ適当なことを書けるもんだ。まだデマだと言い切ってた記事のほうが間違いだとすぐわかるだけ良心的でさえある。
こんなうさんくさいwiki信じる人いねーだろって言うのは簡単だが、ニコ百だって信憑性じゃ似たようなもんだし、あんないい加減なことが書かれてたwikipediaは信じられてた。
いやwikipediaも2009年にはちゃんと参考文献にたどりついた人がいたのに、そちらは読まれてなかった。人は信じたい部分しか読まないんだ。そんなのはデマだってストーリーのほうがわかりやすいし、面白いと思っちゃったんでしょ。
「進化の順番はわからん」って池田清彦の本には書いてあるのに「いったんトゲがなくなって後からトゲが生えてきた」と見てきたように数億年の進化の過程を語る人もいるし、「近年(94年以降だぞ)使われるホソヒラタハムシって名前はつまらん」と受け売りで語る人はトゲトゲについて何を知ってるというのだ?
トゲホソヒラタハムシも大概複雑な名前だって気がするが…
彼らはド素人の僕よりはトゲトゲに思い入れをお持ちなのだろうか?

実在しないというのはデマだったと言えるが、存在を肯定する側もこんなレベルだ。
かと思えば今でも実在しないというデマを信じる人もいる。
繰り返すが、こういう愚を呼び寄せる原因は名前のほうにあるんじゃないのか?
ただ面白がるだけで終わればいい話だったのに、デマを付け足すような人種を呼ぶ。トゲトゲやトゲナシトゲトゲをよく知りもしない、興味も全くないであろう人たちに、トゲアリトゲナシトゲトゲなんてものをいきなり伝えるとこのようなリスクがある。

この記事は何が言いたいのか

実在しないと言い切るのはデマである。これは多数の文献に裏付けられている。だが、これがちゃんとした名前なのかはよく考えてほしい。
実在するという話を広めるなと言ってるわけではない。ただ、「よく考えて発信しろ」と言っている。こんな複雑な話、ド素人に手に負える話ではないんだ。
この記事は、そういうことを考えるための一助となるものを目指したメモである。

そう、『虫の名、貝の名、魚の名―和名にまつわる話題』でトゲナシトゲトゲと共に話を紹介した高桑正敏氏、
確かな知識に基づき、そのような和名のものは存在しないと明言した鈴木邦雄氏、
ネットの不確かな情報を見聞きしながら俗称としながらも写真を掲載し真摯な説明をした小檜山賢二氏、
著書やテレビで小宮先生のエピソードとともに真面目に紹介した池田清彦氏、
存在を確認しきれず情報を書くに留めたハムシハンドブックの著者の尾園暁氏、
特別展昆虫の展示に関わった丸山宗利氏、
ほんのちょっとの記述であっても、そして内容に少々の行き違いがあったとしても、彼らの中にいい加減なことを書いている人は一人もいなかった。確かな知識の積み重ねがあるから、トゲアリトゲナシトゲトゲについてちゃんと自分の立場からの見解を書いて紹介することができたのである。
だけど素人の僕にはそれはできないので、大量の文献を読みまわって考えなきゃならなかった。
もちろん早川いくをは真面目に書いてたとは認めない。

トゲアリトゲナシトゲトゲは実在する、そして変わった名前だが、この呼び名を使う人がいること自体は問題はないというのが現在の僕の意見だが、その立場はあくまで不確かなものであり、これからも揺るぎうるものである。
まだまだ僕には情報が足りない。何か重要な追加情報があれば僕は簡単にこの立場を変えるだろう。
これはド素人が図書館を走り回って何の結論も得られなかった記事だと言ってもいい。そんな簡単に結論が出せるもんじゃないということがよくわかったというのが結論だ。
そしておわかりだろうが、僕がこの記事に正しいことを書いてるという保証はまったくない。むしろもう必ず間違いがあると確信していると言ってもいいが、何が間違ってるか判断できるだけの知識も能力も僕には不足している。
とにかく僕が言えるのは「考えろ」である。

長い追記

この記事を書いたすぐ翌日に池田清彦氏がこのようなツイートを。タイミングが良すぎる。
僕が名指しされてるわけではなく、本記事への反応であると断定するわけではないが、しかし僕が過去にネットに書いてきたことがこの発言の対象に含まれるのもまず間違いないね…。

「和名」に明確な定義はないかもという話は本記事でもちらっと書いてはいますが、生物学者である池田先生が和名と俗称の差がないとはっきり言い切られていることは考えないわけにはいきません。
つまり何度か書いた「正式な和名」なんて言い方自体がナンセンスであります。本記事においては表現をもう少し考えるべきでした。
「誤解がある」と指摘されること自体はもっともであると考えるものです。

これで池田清彦の言うとおりだ!で終わらないのが申し訳ない気持ちはあるのですが、俗称と和名に差異はないと言い切ることについては、上で書いてきた通り、専門家レベルの人が現に俗称として紹介している媒体があるという事実、「日本人のおなまえっ」でもぼんやりとした和名の決まり方を説明していたという事実があります。
特別展での「この和名は俗称」という両方使った表現もありましたが、どうも定義が無いながらも「ちゃんとしてない俗称」と「ちゃんとした名前」の使い分けは不明確に存在する、という立場はこの記事を書き始める以前からあったものです。
今回の調べものでも、素人だけでなく、専門家レベルでも生物学的定義(定義はない)とは別に「和名」という日本語に意味を含んで使う人は一定量いる、と僕は判断しています。
よって記事本文はそのままにします。早川いくをに対する書き方も改めません。
しかし「正式な和名」という表現を使ってたのは言い訳にもなりませんわ。

もちろん池田清彦氏の立場を否定するものでもありません。池田氏は著書でもテレビでも「俗称」という表現を用いておらず、その立場は明確なものだと考えます。
…実は池田氏の著書にも、俗称と和名は同じという言い切りでこそないものの、トゲアリトゲナシトゲトゲの話のすぐ近くのページで和名にはルールがない旨のことは書いてあるのですが、それが今回の記事に直接反映されてないのは今回トゲアリトゲナシトゲトゲの話しか考えてなくて、5年前に読んだそのページまで読み直してなくて忘れてたためです。ツイートを見てそういえば本にも書いてあった気も…と慌てて読み直したことをここに白状しておきます。
偉そうにこの記事書いてた人のレベルもそんなもんだぜ!

俗称かちゃんとした名前か

つまりトゲアリトゲナシトゲトゲが存在する派は以下の3タイプに分類されると思われる。

1. 俗称と「ちゃんとした和名」に差はなく、トゲアリトゲナシトゲトゲは和名であると言える。
2. 俗称と「ちゃんとした和名」にぼんやりと差はあるが、トゲアリトゲナシトゲトゲは「ちゃんとした和名」である。
3. 俗称と「ちゃんとした和名」にぼんやりと差はあり、トゲアリトゲナシトゲトゲは俗称の側である。

いや他にもあるかもしれないが、とりあえずこの3タイプで。
僕は指摘を受けてもいまだ3の意見ではあるが、これは素人の僕の意見であり生物学者の池田先生と僕のどっちを信じるかは読者が決める問題である。
ともかく「俗称らしい」ってうかつにネットに書くのも考えなきゃダメなのです。

2019年1月 長い追記2

画像検索の話を少し書いた。しかし本記事を書いた後に再度書き直したニコ百の記事にも書いたが、日本語の画像の正確性は…
2019年1月時点のgoogle画像検索はこんな感じ。

google画像

一番左上が池田清彦氏の著書に載っている画像と同じもの。その他は普通の「トゲトゲ」や関係ないハムシ(トゲナシトゲトゲではない)など。
問題は2番目の画像。

間違い画像1

twitterなどでよく拡散され、非常によく見かける画像。赤枠に書き足した通り、多数の問題がある。
簡単にまとめると以下の通り。

間違い画像2

「ハムシ」という名前のハムシはいない。ハムシ科は非常に多様な種であり、①のような丸っこい種もいるが、細長いもの、くびれたもの、もっと円形に近いものなど様々である。トゲハムシ亜科といっしょになったというカメノコハムシ亜科の話をすれば、平べったい傘のようなものをかぶっている。この画像は①が代表であるような表現が既におかしいのだ。
は①をもとにトゲトゲに改変したのだろう、おそらく実在のトゲトゲを正確に描いたものではない。もちろんトゲトゲも多様な姿をしており、②は「なんとなくトゲトゲっぽいもの」の画像とはなっているが、実際は②と一致するトゲトゲが実在するか怪しい。
はかなり怪しい。トゲナシトゲトゲという名前の意味するところは、それらはトゲがなくてもトゲハムシ亜科に分類されたということだ。その姿が①と同じだったらおかしい。トゲナシトゲトゲは、ホソヒラタハムシの和名にも示されている通り、平べったい・細長いといった特徴を持っているはずである。『ハムシハンドブック』に掲載されていたAlurnus属っていう大型種のようにふっくらしてるものもいるようだけど…それもこの画像の③とは違う。③と一致するトゲナシトゲトゲが存在しないと断言はできないが、たぶん代表的なものではないだろう。
は完全に間違い。トゲアリトゲナシトゲトゲは、トゲトゲと違う姿をしている。してなかったら違う名前をつけることなんてありえない。この画像を作った人間が何ら調査をしていないことは明らかだ。

画像の発生源は不明。作者のサインっぽいものがあるが、無断転載されまくってるのが見つかるばかりで作者のところまでたどり着くことはできなかった。
2014年8月にこの画像(無断転載)が2000RT以上されており、ここから増えたようだ。
この画像の拡散はニコ百の記述を直したのよりだいぶ後で、ネット上ではデマではないという言説が優位になっていたと思っている。…もし、この時点でまだデマだということになっていれば、この画像がバズると同時にトゲアリトゲナシトゲトゲは実在しませんよってクソリプが200件は飛んできたことであろう。それもまた違ったタイプの地獄である。

トゲアリトゲナシトゲトゲはデマではないと僕は考えている。だが実在すると書くだけではなく、ちゃんと姿が違うということも書かなければならない。僕は2013年にそう書いたつもりだったよ。
でも彼らは当然そこまで読まずに名前しか見てないのである。
さもばくばベニモントゲホソヒラタハムシの画像を実際に見ても④と同じに見えているのだろうか。
もちろん、この画像を拡散している人たちも、何もデマを広めてやろうという悪意があるわけではないんです。僕もそれを責めるつもりはない。彼らは単に無知で、昆虫にもハムシにも生き物にも興味がないだけですから、バカにはしますが。
ちなみにこういうことを言うと、彼らは「少し間違ってても面白いからいいじゃん」と言い訳をします。

画像検索については、英語の画像も少し置いておこう。既に述べた通り日本語はノイズだらけでゴミだが、英語なら別に有名ではないがゆえにノイズも少ない。
以下google画像検索より見つけたもの

「hispinae」(トゲハムシ亜科)の3番目のページ

hispinae.jpg

https://www.researchgate.net/figure/Figura-2-Oxychalepus-balyanus-Weise-1911-Hispinae-mi-nador_fig2_278083242
メキシコのOxychalepus balyanus (Weise, 1911)という種らしい。翅の後ろに小さいトゲが見えるし、トゲアリトゲナシトゲトゲという理解でいいはず。ベニモントゲホソヒラタハムシと一致するかはわからないが、非常に似ている(属名が違うのについては、どっちかが間違っている可能性も考えられる)。

「chalepus」(ベニモントゲホソヒラタハムシの属名)48番目

chalepus.jpg

https://science.mnhn.fr/institution/mnhn/collection/ec/item/ec2877?lang=fr_FR

Chalepus pauliという種の、ブラジルのサンパウロで採集された標本らしい。やはりベニモンによく似ているようだ。

「hispine beetle」(トゲハムシ亜科の意らしい)3番目

hispinebeetle.jpg

https://www.flickr.com/photos/e-naturalist/10144738104
これはPentispa sp.と書いてある。ベニモンと少し翅の形が違うが、これもトゲがある。あえて呼ぶならトゲアリトゲナシトゲトゲと呼んでよいはずだ。
さっきから同じような色の虫が続くが、このリンク先には毒性のベニボタルに擬態しているのだと書いてある。(実際「net-winged beetle」(ベニボタルの英語名)で良く似た色の虫が大量に見つかる)

このほか、chalepus属の上位分類のchalepiniや、上記画像検索で出てきたPentispa、Oxychalepusでも似たようなものがよく見つかる。おそらく同属でトゲのないものも見つかるし、小檜山氏の著書などに書かれた条件と照らす限り、これらはトゲアリトゲナシトゲトゲと呼んで差し支えないものだと僕は考える。

いっぽう、科博に展示されていたOncocephalaについては、画像検索で僕がトゲアリトゲナシトゲトゲだと思えるものが見当たらない(9月に記事を書いたときは見た気がしたのだが見失った)。あるいはまさに科博で撮った写真そのものが見つかる。
上で書いたように、僕は展示個体自体がトゲがあるように見えなかった、つまり小檜山賢二さんの伝えるトゲアリトゲナシトゲトゲであるように思えていないのだが、これは展示過程などでトゲがなくなってしまったんだろうか…?
さすがにトゲがないものはトゲアリトゲナシトゲトゲとは言えないはずであるが、展示ミスでなければ何か別の定義があるのだろうか。
(このOncocephala属は台湾産ハムシ類幼虫・成虫分類図説という本で「ムネコブハムシ属」という和名があてられているらしい)
東南アジア産らしい画像にはまだたどりついてない。

画像検索で見つかった上記のようなものがトゲアリトゲナシトゲトゲであると認識しているが、まあ別にどうってことない虫だよね…
そもそも紹介している文献を参照する限り、実在を疑うほど特異な虫ではない、というのがこの話の根本にあり、画像検索でも特異なものが出てくるわけではない。
いやベニボタルに擬態してるらしいって話も含めて面白い虫だとは思いますけどね、その気になって調べたらたいがいの虫は面白いですよ。

もうひとつ追記。この記事の初版を書いてすぐ後、僕は見てなかったのだが2018年10月6日放送の「月曜から夜更かし」に「トゲアリトゲナシトゲハムシ」が出たらしい。トゲハムシ派もいた!
紹介していたのは東京農業大学総合研究所の松澤春雄さんだそうだ。紹介されていた写真も小檜山賢二さんの撮影したベニモントゲホソヒラタハムシとは違う個体だったようだ。
池田氏以外の情報源も登場したことで、今後も定期的にネタにされていくのかと思われる。